第92話 噂の的





「あなたって本当に、変なのばかり引き寄せるわね。そういう趣味なの?」


「そんなわけないだろう。好きでやっていない」


「そうは見えないけど。説得力もないわ。今までのことを考えたら、どう見ても変な人ホイホイよ。自覚した方がいいわ」



 呆れたように三千花が言っているのは、昨日の月ヶ瀬と桜小路の案内の件についてだろう。


 新入生はまだ入学していないが、在校生はすでに学園にいた。

 そんな中であの濃いメンバーとうろうろしていれば、目立つのは当たり前である。

 親衛隊には前もって来ることを言っていたけど、それ以外の他の生徒の中では知らない人も多かった。


 俺と西寺が案内しているのは、一体誰なんだ。下手にみんなの容姿が整っているせいで、余計に噂が広まった。

 生徒達は友達と相談し、そしてどんどん不安を膨らませていた。


 案内中、段々と視線を感じるようにはなっていたけど、まさかそんな事態が起こっていたとは思わず無視していた。案内を優先した。

 他のみんなも同じで、向けられる視線やざわめきを全く気にしていなかった。



 そのため好奇心に耐えきれず、突撃してきた人が出てきて初めて、大きな騒ぎになっていたことを知った。

 何人かは、決して少なくない人が、俺と西寺の恋人なんじゃないかと思っていたらしく、親衛隊に伝えておいて良かったと安堵した。

 もし言ってなかったら、さらに大惨事になっていただろう。


 こうなりそうなことは簡単に予想出来たのに、対策を怠っていた俺が悪い。

 でも大々的に知らせるのも、二人が気まずくなるかと考えたのだ。


 きちんとそこの誤解はといて、そして二人をサポートするように頼んだ。そうしないと、噂がさらに大変な方向に行くのは分かっていた。


 この学園特有の顔のいい生徒は地位も高くなるおかげで、すんなりと受け入れられた。

 こうして騒ぎは収まったのだが、三千花の耳にも届くぐらいには大きなものだったらしい。



「来ることは話に聞いていたけど、昨日来た二人ともいい性格しているわね」


「まあ、何を引き起こすか分からない時限爆弾みたいだな」


「学園が荒れそうね」


「三千花もやっぱりそう思うか」



 性格はどうであれ、二人は可愛い顔をしている。

 天王寺のおかげで減ったとはいえ、よからぬことをたくらむ生徒は残念ながらいる。

 きっと親衛隊もすぐに結成されるだろうから、初期の俺の親衛隊みたいに過激派になるかもしれない。



「騒ぎになりそうなことは早めに対処するから、きっと大丈夫だって。たぶん」



 自信を持って言えないのは、実際何をしでかすか心配な人がたくさんいるからだ。



「血の気の多い人が多いからね。あなたのお兄さん達や、ガチ勢が危ないんじゃないのかしら。そこら辺のフォローもちゃんとしているんでしょうね」


「え?」


「まさかとは思うけど、何もしていないって馬鹿なことを言うわけないわよね」


「してないけど」


「……本気で言っているの」


「悪い」



 顔をしかめて三千花は額を押さえた。

 なにかまずいことをしたのだけは分かったから、とりあえず謝ってみる。



「本当に悪いと思っているのなら、今すぐ全員に会って媚び売ってきなさい。今日中に全員によ」


「え。今から?」


「本当に悪いと思っているのなら行けるでしょ。ほら、さっさと行く!」


「わ、分かったよ」



 三千花に尻を叩かれるようにして、俺は保健室から飛び出る。



「みんなに会いに行ってこいって……しかも今日中って……絶対に無理だろ」



 文句はあったが、今日中に達成しないと二度と保健室に入れてもらえなさそうな、そんな確信があって泣く泣く探すために動いた。





「……疲れた」


「お疲れ様です。相お坊ちゃま」


「お坊ちゃま、俺がマッサージ致しましょうか?」


「……頼む」



 なんとか今日中に全員に会うことが出来、そして話もしたせいで、帰ってきた頃には疲れ切っていた。

 決して三千花が怖かったからではない。俺が自分でやろうと決めた。


 でも言うことを聞いて良かった。

 会いに行ったみんなの目が笑っていなくて、不穏な空気を醸し出していたのだ。放置していたら後悔したかもしれない。



 いそいそと権守が絶妙な力加減でマッサージをしてくれて、俺はあまりの気持ちよさに声が出る。

 一瞬動きが止まったが、すぐに再開された。


 一通りのマッサージが終わると、そばにいた高坂が渋い顔で言った。



「相お坊ちゃまは、外でマッサージを受けない方がよろしいですね」


「その通りです」


「なんでだ」



 権守も高坂の意見に賛成して、押し切られる形で同意させられた。



「相お坊ちゃまに、もう少し警戒心を持ってもらうつもりでしたが、私の力不足が原因です」


「大丈夫です。俺が絶対にお坊ちゃまの貞操を守り抜きます! あんな奴らには指一本触れさせません!」


「私一人では限界がある。頼んだぞ」


「はい!」



 二人で盛り上がっているところ悪いが、完全においてけぼりの状態だった。

 貞操を守り抜くってなんだ。高坂も真面目にその言葉を受け入れないでほしい。


 最近こんなふうに二人がおかしくなることが増えたのも、悩みの種である。



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