第91話 三千花は知っている
高校生にもなると、保健室に来る機会は減るかと思えば、実はそうでもない。
部活や体育の授業で怪我をすることもあるし、学校になじめない逃げ場として保健室に来るのを選ぶ生徒もいる。
怪我をした生徒には治療を、具合の悪くなった生徒は対処出来るなら自分で何とかして、無理なものは提携している病院で診てもらう。
逃げていた生徒には、向こうが望んでいるのなら話をする。一人にして欲しいタイプもいるから、そこの見極めには気を遣う。
悩みを聞いてアドバイスをして、いつの間にか来ることが無くなれば、寂しさもあるが嬉しさの方が大きい。
サボるために来た生徒には、その時の様子を見て入れるか追い出すか決めていた。
勝てると思って舐めてくる人には、それ以上の力で制圧する。もちろん正当防衛の範囲内でだ。
三千花先生。私のことをそう呼んで慕ってくれる生徒達。
まあまあ好かれている方だと、自負している。私が来てから保健室に行きやすくなったと、そういう声も多かった。
でも彼らはみんな、本当の私の姿を知らない。私も言うつもりは無い。
ただ一人を除いて。
昔から、人と少し違っていた。
それは話し方だったり、好きになったりするもので、別に私だけしかいないわけじゃなかったけど、そういう人達はからかいの対象だった。
それでも最初は、みんなに認めてもらいたくて隠していなかった。むしろ積極的に出していた。
本当の私を理解して欲しかったからである。
可愛いものが好きで、乱暴な言葉遣いは嫌い。柔らかく聞こえるような、そんな話し方の方が違和感がない。俺、僕、いや私。
何も変な事じゃない。これがありのままの自分。
そうやって全てをさらけ出していた私を、一番近くで見ていた両親がある日爆発した。
「そんな話し方をするな! 気持ち悪い!」
ずっと我慢をしていた分、とても強い言葉で叫び声に近かった。
その言葉は、まだ幼かった私の心をズタズタに切り裂いた。
こんな私は気持ちが悪い。途端に自分が恥ずかしい存在にしか思えなくなって、そして一度壊れた。
部屋で泣きわめき、持っていたものを、可愛いと思って集めていたものを壁に投げつける。
可愛いと思って伸ばしていた髪も、ハサミで不格好に切った。
床に散らばる自慢だった髪の残骸。壊れて原型を留めていない大好きだったもの。
それを見ても、思い出すのは気持ち悪いという言葉だけだった。
「あ…ああ、ああっ、ああああああああああ!」
この日から私は、本当の自分を徹底的に隠すようになった。
一人称は俺。周りにいる人間を観察し、評判のいい人の性格をまねる。集めるものも、人をまねた。
たったこれだけのことで、上手く擬態出来た。おかしすぎて逆に笑えない。
あんなにいつも怒っていた両親も、あれは一時の気の迷いだと優しくするようになった。気持ち悪いと言った言葉も、たぶん覚えていなかった。
お前は自慢の息子だと笑う両親。はにかんで受け入れる私。
傍から見れば幸せな家族だろう。でも私の心は冷えきっていた。
私じゃない私を好きになられても、なんの意味もない。
誰か本当の私を見てくれる、そんな人が現れないだろうか。
毎日そう願っていたけど、現れてはくれなかった。
いつしか諦めの気持ちの方が強くなっていた頃、突然あの子が現れた。
全く関わりがなかったはずなのに、本当の私を知っていた。
言われた時、気持ち悪いと言った両親の顔を思い出してパニックになったけど、予想していた反応と違った
「友達になってほしい」
友達。友達ってなんだったか。
確かに名称だけなら、そういう人は何人かいたけど、表面上の薄い関係だった。
提案は嬉しかった。でもすぐには信じられなくて、お互いに隠し事がないのを条件にした。
そうして明かされた秘密は、世界が変わるような驚くべきものだった。
普通だったら信じられるわけのない話。
でも嘘をついていないと直感した。
五十嵐相
五十嵐家の末っ子で、噂ではわがまま放題の手が付けられない子供。というイメージだったが、すぐにそれが間違っていると分かった。
見た目の年齢よりもずっと賢く、そして性格もいい。
気を許すのが早くなったのも、私のせいでは無いはずだ。
本人は中身が違うからと言っていたけど、私からすると違和感は全くない。
直接言ってはいないが、別の魂じゃなくて本来あるべきところにあるべき魂が入ったのではないかと思う。
いつかは本当の魂が戻ってくると信じているあの子に、どうしたら引き止められるのかと作戦を立てているのを絶対に知らないはずだ。
もしかしたら他の人に秘密をバラして協力してもらってでも、という覚悟を持っているのも知らないはずだ。
たくさんの人を魅了して依存させたくせに、一人だけ逃げようとするのを許すほど、私は優しくないのだから。
それに、私以上に執着している人間はたくさんいる。
警戒心のない今の状態だと、そのうち囲い込まれそうだ。
きっとそっちの方がハッピーエンドである。いや、ハッピーエンドにする。
この世界が、そう望んでいるはずなのだから。
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