第90話 主人公登場!





「相君!」


「久しぶり、月ヶ瀬」


「そうだよ!久しぶりすぎて、相君成分が足りなかったー」


「なんだそれ。桜小路も久しぶり」


「ひさしぶりー。今日も元気そうだね」


「そっちもな。寄り道するんじゃないかって心配だったんだからな」


「さすがにそんなことはしないって」


「僕が止めたからね!」


「……やっぱりしそうになっていたのか」



 桜小路は相変わらず、読めない性格をしている。

 まだ癒しもあるが、さすが学園長の息子と言った部分がたまに出てくる。

 それに、俺の事情を三千花と同じぐらい詳しい。


 本人が何を考えているのか分からないが、今のところ誰かにバラそうとしている気配はない。

 そうは言っても、なんでこのタイミングでという時に軽く話してしまいそうで、油断は出来ないが。



「月ヶ瀬君と桜小路君だね。はじめまして、俺は西寺です。生徒会庶務をしていて、五十嵐と同じ二年生。今日は一緒に案内をしようと思っている、よろしくね」



 迎えに行くのに、西寺を連れてきて正解だった。

 初対面の人とも緊張することなく話すスキルを持っており、そして見た目や雰囲気も俺が知っている人の中で一番柔和だ。

 きっと和やかに案内を終わらせられる。



 月ヶ瀬と桜小路は無事に来たけど、今日はまだ入学式ではない。

 息子が早く学園に慣れるようにと、学園長が特例で入学式前に呼んだ。

 その提案に、月ヶ瀬が一緒ならいいと、条件が付けられたことで二人で来ることになった。


 つまり月ヶ瀬は、実質的にはおまけだった。

 でもこうなったのが偶然だと、俺は思っていない。


 月ヶ瀬のために作られたこの世界が、月ヶ瀬のために動き出した。そういうことだ。



「はじめまして。相君から話を聞いたことがあります。いいお友達らしいですね」


「特別な関係だと思っているよ」


「僕の方が、昔からもっと特別な関係ですけどね」



 表面上は和やかに会話しているようなのに、不穏な空気が場を包み込む。

 助けを求めるために、桜小路を見れば、いつの間にか一人でしゃがみ草むらの方向に視線を向けていた。



「何見ているんだ」



 月ヶ瀬と西寺のところに入る勇気がなくて、現実逃避も兼ねて隣にしゃがんだ。



「アリが大きいアメを運んでいる。凄いよね」


「お。たしかに凄いな」



 どうしてか不明だが、この年齢になってもアリの行列はついつい眺めてしまう。

 大きいものを運んでいるから尚更だった。


 落としたのか捨てられたのか、少し溶けかかっているピンクのアメの周りに、たくさんのアリが群がっている。

 そしてゆっくりと、巣があるのだろう方向へと進んでいた。


 こんなに小さいのに、自分の体の何十倍もある獲物を力を合わせて運ぶなんて。



「やっぱり凄いな」


「凄いね」



 まるで子供の頃に戻ったかのように、俺と桜小路はアリの行列を見続けた。



「アリってこうやって、助け合って生きているんだ」


「そうだな」


「きっと人も同じだよ。一人よりも、みんなで頑張った方がいいってこと」



 俺に向けて言ったものじゃなかったとしても、その言葉は胸にしみた。



「そうだな。みんなと頑張った方がいいって、最近思うようになった」


「それはいい考えだねー。周りのことをちゃんと見ていないと、助けようとしてくれる人が可哀想だからー」



 桜小路はにへっとだらしのない顔をして笑い、俺の頭に手を伸ばしてくる。

 ちょんちょんと指先だけで撫でられて、慣れていないのがよく分かった。



「撫で心地がいいー。さらつやだー。可愛いねー」


「可愛いのはそっちだよ。ちょっと身長伸びたか?」


「しゃがんでいる今言うのってどうなんだろー、嬉しいけどー」



 桜小路といると癒される。

 主にイチから受けたストレスが、どんどん浄化していくようだ。


 お返しとばかりに撫で返すと、目元を緩ませる。



「パパがねー。よく話をするんだー。とても面白い子だねーって」


「月ヶ瀬のことか?」


「違うよー。だからここに来るのが楽しみだったんだー。でもパパには譲ってあげなーい。僕の方が先に見つけたんだから」


「そうか。頑張ってみるのもいいんじゃないか」


「分かってないのに、賛成するのは止めた方がいいと思うよー。よく言われなーい?」


「……たまに言われる」


「そうだよねー。気をつけた方がいいと思うよー。悪い狼にガブって食べられちゃうからー。危ない危なーい」



 未だに嬉しそうに撫でてくるくせに、説教まがいのことを言われた。



「俺がオオカミかもな」


「ふふふー。無いよー」



 和ませようとした言葉も笑われて、色々と馬鹿にされすぎだった。

 なんだか納得いかなくて、思わず顔をしかめる。



「二人で何楽しそうに話しているの!」



 そんな時、ようやく話が終わったのか月ヶ瀬が背中に飛びついてきた。



「そっちの方が楽しそうに話しているから、二人でアリを見ていたんだ」


「楽しくなんて話してないよ。僕の方を構って!」


「俺だって五十嵐と話がしたいな」


「ここで話していたら時間が無くなるだろ。ほら、早く学園に行くぞ。案内する場所はたくさんあるんだから。桜小路も」


「えー。もうちょっと見ていたかったのにー」



 西寺まで来て、もうアリを見ているどころの話じゃなくなった。

 桜小路が文句を言うが、俺だって時間があったら見ていたかった。

 きっと仲間と力を合わせて、最後までやり遂げただろう。そう信じている。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る