第79話 バチバチする関係
せっかく機嫌をとっていたのに、天王寺のせいで台無しだ。会いに来たって言うが、今じゃなきゃ駄目だったのか。
俺が来た時以上に重苦しい雰囲気になっていて、中に入ってきた執事達は今にも倒れそうである。巻き込まれただけなのに可哀想だ。一番の被害者かもしれない。
「アポイントもなしに急に訪ねてくるのは、礼儀がなっていないんじゃないか?」
それはブーメランになっているが、長男は気にしていない。俺の時はアポイントが必要ないとでも言うのか。家族として気安いという意味であれば別に良いのだけど。
「何勝手に入ってきているんだよ」
とてつもなく低い声で言う次男は、多分何の制約もかかっていない状態だったら殴っていただろう。好戦的な性格は変わらない。
そんな空気を感じていないのか、あえて無視しているのか、天王寺は普通に笑っている。そういう性格の方が楽なのかもしれない。
「婚約者と離ればなれになっていたからな。つい我を忘れてしまった。でも久しぶりに会った喜びを噛み締めたいから許してもらえないか?」
「ああ?」
未だに婚約者と名乗るのを、特に次男は嫌がっている。
当たり前だ。家では父を含めて、俺の婚約を認めていない。必要ないと言って、探しもしていない。
天王寺が婚約者だと言うたびに、秘密裏に始末しようとしているが、今のところは失敗に終わっている。
ただでさえ機嫌が悪くなったところに、どうして火に油を注ぐようなことをするのか。理解に苦しむ。
「悪いが、今は家族で話をしているんだ。部外者は引っ込んでいてくれるか?」
「俺は部外者じゃない。これから結婚するんだからな」
「はっ。妄想もいい加減にしてくれ」
相性の悪い者が多すぎて、俺が気を遣う結果になっている。精神的に疲れる。
というか合わないと分かっているのだから、自分達で会わないように気をつけてほしい。
子供じゃないんだ、そのぐらい出来るだろう。
「まあまあ、落ち着いてください。……あ、そうだ。天王寺にもお土産を買ってきたのを忘れていました」
権守が持っているカバンの中から、兄達に渡したのと同じ包みを取り出す。
「甘いもの大丈夫だったら、どうぞ食べてください」
渡していると、大きく息を吐く音が聞こえた。
そちらを見れば、権守が額に手を当てていた。明らかにやらかしたと言わんばかりの表情だ。
「さすがにそれは、俺も同情します」
「え、どうして?」
「お坊ちゃまは罪作りで、デリカシーが無いと思いまして。もう少し周りを見ましょう」
「どこら辺が?」
「俺の言っていることが分かっていないところです」
他の人に助けを求めようとしたら、みんな似たような反応をしていた。
傷ついているような怒っているような、そんな顔だ。
「これは、俺達だけに買ってきたわけじゃないのか?」
「えーっと、そう、ですね。……お世話になった人には買っています。同じものを」
たぶんそれが駄目だったのだ。
何となく理由が分かったが、もう手遅れだった。口から出したものは取り消せない。
これは親衛隊のみんなにも用意してあるとは、言わない方が絶対にいいのだろう。さらに気まずい雰囲気になりそうだ。
デリカシーが無いと言われても、それぐらいは気づいた。
「みんなに喜んでもらいたくて買ったんですけど……もしかして迷惑でしたか?」
俺がやらかしたのだから、ここは必殺技のうやむやにしてごまかすを発動した。
落ち込むふりをして首を傾げる。
こんな動作を俺がやっても意味が無い気もするけど、高坂が前に大丈夫だと太鼓番を押してくれた。
それを使ってみたのだが、本当にこれで正しいのだろうか。
「ま、まあ。お世話になった人には感謝の品物を買うのは大事だからな」
「今度は俺専用に買ってくれば許してやる」
「俺も特別が欲しいなあ」
良かった。ごまかされてくれた。
単純だけどピンチを乗り切れたから、このやり方で正しいみたいだ。
「お坊ちゃまは人を操る能力を持っているんですね!」
権守が訳の分からないことを言っているので、それは無視した。別にそんな能力を持ってはいない。
これで丸く収まりそうだ。
天王寺も何故か増えたが、機嫌を直してもらうのが目的だったから、達成出来たと考えてもいい。
執事達も神様だと言った時と同じ表情をして、胸の前で手をくんでいた。
「……あ。そういえば紹介が遅れました。高坂と一緒に新しく護衛をすることになった、権守です。これからは見る機会が増えると思いますので、どうぞよろしくしてください」
「このタイミングで紹介するんですか。仕方ない。お坊ちゃまの護衛をすることになりました権守です。手出ししなければ、こちらから関わることも無いでしょうし、よろしくする必要は無いです」
挑発的な言い方をするなあ。
でも初めてあった頃に比べれば、随分と話をするようになったところに成長を感じる。
しみじみとしたものを感じている俺とは対照的に、火花を散らしていた。
誰でもいいから仲良くしてくれないだろうかと、こっちの方が呆れたくなった。
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