第78話 兄弟の時間






 月ヶ瀬と会い、そして新たな護衛を見つけた。

 収穫としてはいい方じゃないか。休みを充実して過ごせたと思う。


 盲目的に好かれている気もしなくもないが、まあ好意的に思われているのなら受け入れるだけでいいだろう。



 ほくほくとした気持ちで学園に帰ってきた俺だったけど、帰ってすぐに拉致された。

 犯罪に巻き込まれたわけではなく、兄二人付きの執事に待ち構えられていたのだ。



「お坊ちゃまをどうするつもりだ」



 高坂は家でもう少しやらなきゃいけないことがあったから、俺の傍には権守だけだった。

 グルルと鳴き声を出しそうなぐらいに威嚇して、今にも噛み付く勢いだ。



「権守、大丈夫だ。……さすがに礼儀がなっていないようですが、俺にはそんなことをする価値がないということでよろしいですか?」



 通常ならば、まずは予定を確認して約束してから会うものだ。

 それなのに段階を吹っ飛ばして、しかも強引に連れていこうとしている。

 あまりにも礼儀に欠けている行動に、さすがに俺もムッとする。



「ちちち違います!」


「誤解させるような真似をしているのは承知ですが、一刻も争う状況なんです!申し訳ございません!」



 皮肉を混ぜた言葉に返ってきたのは、嘲笑ではなかった。

 むしろ今にも泣き出しそうに跪いてきたから、思っていたのと違う理由がありそうだ。



「理由を教えてもらえませんか。急に来てくださいと言われても、戸惑ってしまいます」



 膝をついて目線を合わせると、まるで神様でも見るかのような顔をされた。



「あ、相様……」


「実はですね……」



 そう言って話された内容は、俺が家に帰っている間の兄達の暴れようについてだった。

 用事があって来られなかったのに、ずっと不機嫌で、新しい護衛と戻ってくると聞いた時が一番大変だったらしい。



「もう私達ではどうにもなりません!」


「どうかお願い致します!」


「えーっと」



 土下座をする姿は、可哀想なぐらいにしおれている。

 この人達は何も悪くない。悪いのは兄達だ。

 俺は大きなため息を吐く。それにさえも反応しているのだから、一体どれほど怯えているのか。



「俺が行っても状況が良くなるかどうか分かりませんが、お力になりましょう」


「か、神様……」


「神様じゃないですよ」



 どれだけ兄達が怖いんだ。

 何を考えているのだと、頭が痛くなりそうだ。





 執事達に案内されて連れてこられた先は、長男の部屋だった。次男もそこに一緒にいるらしい。

 俺に助けを求めるぐらい、一体何をそこまで怒っているのか。



「お坊ちゃま帰りましょう」


「そうはいかないって。権守だけ帰るか? この人達がいるから、それでも構わないぞ」


「絶対について行く」



 権守はまだグチグチと文句を言ってくるから、意地悪すれば全てを威嚇するモードに入ってしまった。

 猛犬注意の貼り紙でもした方がいいか。

 札を提げている様子を想像すれば、あまりに微笑ましくて吹き出す。



「どうかされましたか?」


「いや別に。そのうち買いに行くのもいいかもな」


「?」



 もちろん札じゃなく、首輪の代わりになるものだ。普通だったら馬鹿にしていると思われそうだが、権守は喜ぶだろう確信があった。



「ここから先は私達は入れませんので、どうかよろしくお願い致します」


「本当に感謝致します」



 部屋の前まで来ると、恭しく頭を下げられる。

 恩を売れたと考えれば利益になったのか。


 俺は二人に控えているように伝えると、扉を静かに開けた。



「失礼致します」



 中に入るとすぐに、兄達の姿が視界に入った。

 苛立っているのが分かるぐらい、その表情は怖い。

 でも苛立っている理由が俺関係だと思うと、その怖さはなくなる。怒っているというよりも、拗ねていると思えばいいのだ。



「突然来てすみません。お時間大丈夫ですか?」



 俺が来ることは知っていただろうが、一応許可を取っておく。プライドの高い二人のことだから、どこに地雷があるか分からない。



「あ、ああ」


「少し話すぐらいならな」



 素直じゃないな。なったらなったで何を考えているのかと疑うだろうから、この方が慣れている分受け流せる。



「これ、お土産です。月ヶ瀬と行ったカフェで食べた時にとても美味しかったので、ぜひ食べてもらいたくて。お口に合えば嬉しいのですが」



 言わなかったが、元々俺も会うつもりだったのだ。

 月ヶ瀬と会えなくて怒る姿が簡単に想像出来て、少しでも鎮めてもらうために焼き菓子を買っておいた。



「俺達に?」


「はい。甘いもの平気でしたよね」



 二人とも家で甘いものを避けてはいなかったから、無難なものにしたのだが気に入らなかったか。でも、先ほどまでの怒りのオーラは無くなっている。


 袋を手にして固まったまま、顔を見合わせて何かを言おうと口を開こうとしていた。



「相! やっと帰ってきたんだな! 待ちくたびれていたんだぞ!」



 その前に扉が勢いよく開き、必死に止める執事達をものともせずに天王寺が入ってきた。

 やっとと言っているが、何ヶ月もいなかったわけじゃないのに。大げさだ。



「天王寺、久しぶり。どうしたんだ?」



 登場で兄達の機嫌が下がったから、早めに帰って欲しい。

 そんな俺の願いとは裏腹に、天王寺は俺に近づいて手をとった。



「会いたかったから会いに来た!」








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