第102話 雪ノ下学園での生活





 変な視線を向けていた人達が、何かをしてくるのではないかと警戒を欠かさなかったおかげか、それとも雪ノ下と春日から離れなかったおかげか、平和な時間を過ごしていた。


 嫌な視線を感じるたびに、それとなく盾になってくれているから二人も気づいている。

 絶対に離れないようにと、約束させられるぐらいだ。


 あんなふうな視線を向けてくるのだから、絶対になにかしてくるはずなのに、今のところ大人しいことが気味悪かった。


 それでも恐ろしさばかり感じていて、学ぶ機会を逃すのは惜しい。次はいつ雪ノ下学園に来られるか分からない。

 もしかしたら

 今度こそ、反対されて俺は遠ざけられることもありえる。

 吸収出来そうなものは、全て吸収して帰りたい。


 そんな勢いでいたら、随分と頑張りすぎていた。




「五十嵐さんを編入させられないか、という話が一部の人の間で出ています」



 その真剣な表情に、冗談やお世辞ではないのが伝わってきた。



「とても光栄ですが、それはさすがに……」


「分かっています。五十嵐さんは交流会のために、一週間だけの決まりですからね。でも絶対に編入をさせられないわけではありません。優秀で容姿端麗な五十嵐さんは、教師や生徒達みんなに好意を持たれているので」



 好意を持たれるのは嬉しいが、あくまで学園に一時的に来ているからだ。

 ずっとここにいるとなると、たくさんの問題と壁が出てくる。



「前例のないことですが、非公式に親衛隊も結成されています。私達が予想していた以上に影響力があるようです」



 親衛隊の話は初耳だ。

 最初に一回だけと言ったのを忘れてしまったのか。

 もしかしたら、都合のいい所だけしか頭に入っていないのかもしれない。



「私としても、五十嵐さんがずっといてくれるのは魅力的な話ですが、無理強いをするつもりはありません。ただこういう状態だというのを、お伝えしておいた方がいいと思いまして」



 確かに伝えてもらった方が、対策や警戒しやすい。



「親衛隊のメンバーや、俺がこの学園に残るのを望んでいる人の中で、要注意人物はいますか?」



 警戒しようにも、俺には圧倒的に情報が足りない。

 今から調べている時間は無いから聞いた方が早い。



「そうですね……私も全員を知り尽くしているとは言えませんが、名前を聞いている中で注意しておいた方がいいのは、鬼嶋きじまという生徒です」


「鬼嶋」



 それはまだ物騒な名前だ。字面からして怪しい。



「はい。Eクラスを実質的に仕切っている人物で、目的のためなら手段を選ばないことでも有名です。基本的には大人しい部類なのですが、五十嵐さんに興味を持ったという噂を耳にしまして」


「不良、なんですか?」


「それよりも、もっと危険です。周知の事実ですが、ここら辺一体を牛耳っている鬼嶋組の次期当主です」


「……それはそれは」



 裏の世界の人間と、ほとんど関わりを持ったことは無い。

 五十嵐家は力を借りたりしないでも、十分表の世界で成長してきた。

 桜小路学園にもそういう生徒はいるかもしれないが、表立って目立つ行為はしていない。



「その鬼嶋という生徒は、どういう人ですか?」



 あまり触れられたくないのか、苦手なのか、嫌そうに顔をしかめた。



「見た目はそれらしく見えないかもしれません。それに本人も、いかついというよりは軽いです。ですが、それで甘く見ていると痛い目にあいます。どんなに無害そうでも、絶対に気を抜かないでください。狡猾な性格なので、本気で五十嵐さんを狙っているとすれば、私達の手ではどうすることも出来ないかもしれません」



 話を聞く限り、とてつもなく面倒くさそうなタイプだ。絶対に関わらない方がいい。

 そう思うが、たぶん無理だろう。



「もしもその人に会ったら、どう対処すればいいでしょうか」


「そうですね。とにかく逃げることです。ただし捕まってしまった場合は、相手を刺激しないようにしてください。……ただ、それがとても難しいのですが」



 雪ノ下は深い深いため息を吐いた。

 もしかしたら鬼嶋に関する、なにか事件でも思い出したのかもしれない。



「うるさすぎても駄目。黙っていてもつまらないから駄目。鬼嶋の満足のいくやりとりは、今まで誰も出来ていません。そして少しでも気に入らないと……」



 その先は、いい話じゃないことだけは確かだ。良くても退学といったところか。



「何度言っても足りないですが、絶対に鬼嶋には気をつけてください。後で写真を渡しますので、似たような人間を見かけたら、それが鬼嶋か確認出来なくても逃げるように。顔が分かる距離まで近づかれたら、おそらく逃げ切れません」


「が、頑張ります」


「春日にも気をつけるようには伝えておきますし、私も五十嵐さんの傍を離れないようにします。それで会うことなく終われれば一番ですが……とにかく気をつけてください」


「分かりました。教えていただきありがとうございます」



 鍛えているから、走るのも自信がある。

 写真をよく見て、教えられたとおりに逃げれば大丈夫だろう。

 そうそう簡単に出くわすこともない。


 雪ノ下と春日がいるから、警戒を忘れていないがどこか楽観的に考えていた。


 そのツケが回ったのだ。



「あはは。こーんにちはー」


「……こんにちは」



 写真で確認した姿がすぐ目の前にいて、俺はこの場から消え去りたい気分だった。




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