第103話 会いたくなかった人





 俺だって、鬼嶋に会わないように頑張った。


 オレンジの髪という、とても目立つ容姿をしているおかげで、遠くからでも判別出来た。

 少しでもオレンジ色が視界に入ったら、回れ右して逃げる。あ

 それを忘れずにやっていれば、全く会わずに済んだ。

 気を抜いたつもりはなかったけど、そのせいでどこかで隙が出来ていたらしい。



 いつ現れたのか全く分からなかったぐらい、突然のことだった。

 気がついた時には、すでにオレンジ色が目の前にいて、そして運の悪いことに俺一人しかいない。


 まあ、たぶんわざとだろう。

 いや雪ノ下と春日を俺から引き離すことすらも、計画のうちだった可能性がある。

 さすが要注意人物。手際がいい。



 近い距離で、ただでさえ目立つオレンジ色がさらに際立っている。瞳は髪の色よりも濃くて、ハイライトが無い。

 肩にかかりそうな髪をハーフアップにして、前髪はピンでとめている。

 三日月のように笑う姿は、何も知らなかったら話しかけやすい雰囲気もあるが、よくよく見ると得体の知れない恐怖を感じる。本能が危険人物だと訴えてくる。




「はじめましてー。君が、噂の五十嵐クンだよねー」


「噂になっているかどうかは知らないけど、五十嵐だ。あなたは鬼嶋さんで合っているか?」


「うわー。俺の名前を知ってくれているなんて感激ー。でも鬼嶋さんじゃなくてハルちゃんって呼んでー」



 ハルちゃんって、随分と可愛い名前だ。

 見た目だけなら似合うかもしれないが、色々と聞いてしまっているから無理だ。

 でも呼ばなかったら呼ばなかったで、面倒なことになる。



「ハルちゃん。それなら俺のことも相と呼んでくれ」


「それじゃー、あいちゃん。可愛いね。気に入ったー」



 こっちとしては気に入られたくないが、機嫌がいいのであれば生存率も上がる。

 出来れば当たり障りのない会話を続けている間に、俺がいないことに気がついた雪ノ下か春日のどちらかが来て欲しい。

 二人以外でも構わない。この状況を変えてくれるのなら。



「ねー。何考えてるのー。俺以外のことー?」


「ぐっ」



 思考を別のところに飛ばしていたのが気に入らなかったらしい。

 いきなり首に手が伸ばされたかと思ったら、足が宙に浮いていた。

 片手一本で持ち上げられている。


 人のことを言えないけど、その細い腕のどこにこんな力があるのか。

 首が圧迫されて空気を上手く取り込めなくなり、うめき声が勝手に出る。

 このままだと危ない。


 機嫌がジェットコースターのように変わるのを知っていたのに、油断していた俺が悪かった。



「い、まはハルちゃん、のことだけっ、かんがえてる、よっ」



 なんとか下がった機嫌を元に戻すために、俺は苦しさを我慢して笑った。



「ふーん……まあ及第点ってところかなー」



 鬼嶋にとって悪くない答えだったようだ。

 首の圧迫感が消えて、地面に足がつく。


 喉の痛みをまぎらわすようにさすり、軽く咳をする。



「ごめんねー。苦しかったよねー。ちゃんと加減しろって、いつもうるさく言われているんだけどー。つい忘れちゃうんだよねー」



 全く悪びれた様子もなく、へらっとしている。

 普通だったら怒りたいところだが、また同じ状況になるのは困る。



「大丈夫だ。こう見えて結構頑丈だからな」


「それは良かったー。あいちゃんと、もーっと遊びたいからさー」



 遊びたいというのは、純粋な意味では決して無いだろう。

 おもちゃにされるところしか想像出来ない。



「遊ぶなら、もっとたくさん人がいた方が楽しいんじゃないか? 今からでも誰かを呼ぼう」


「いやー。二人がいいー」


「そうか」



 段々と駄々っ子に見えてきた。

 大きな子供だと思えば、そこまで怒りも湧いてこない。



「それじゃあ二人で何をしたい? なんでも好きなことをしよう」



 同い年なのに、可愛くも見えてきた。

 弟がいたらこんな感じなのかと頭を撫でていると、きょとんとした表情になる。


 さすがに子供扱いしすぎたか。

 機嫌を損ねて痛い思いをするのは嫌だと手を離そうとしたが、上から押さえつけられた。



「もっと撫でてもいいよー」



 撫でられるのがお気に召したらしく、表情を緩ませて喜んでいる。

 このまま時間稼ぎをして助けを待とう。



「ハルちゃんは、俺に何か用があったのか?」



 何をするか決まっていないから、とりあえず退屈させないために話をする。

 ずっと気になっていたことを聞けば、歯を見せて笑った。



「えーっとねー。忘れた!」


「そっか。忘れたのか。それじゃあ仕方ないな」



 桜小路に似たものもあるが、それよりももっと子供っぽい。



「忘れたけどいいんだー。あいちゃんを近くで見てみたかったからー。思っていたよりも、ずっとずっと面白いねー。だーい好き」


「それは光栄だ」



 要注意人物であることに変わりないが、なんとなく怒らせない方法も分かった気がする。



「あはっ。面白くなかったら、ぐっちゃぐちゃにしようかって思っていたから、最初に我慢して良かったー。俺っていい子でしょ?」


「……そうだな」


「じゃあ、いっぱい撫でてー」



 先ほどのはお遊びみたいなものだったらしい。

 俺が五体満足なうちに早く来てくれと、集中を途切れさせないように気をつけながら、テレパシーを雪ノ下と春日に送った。





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