第101話 歓迎






「はじめまして。桜小路学園から来ました五十嵐相です」



 きゃああああああああああああ



『本日から一週間、雪ノ下学園でお世話になります』



 うおおおおおおおおおおおおお



『みなさんと仲良くしたいと思っていますので、ぜひよろしくお願いします』



 ぎゃああああああああああああ



 ……たぶん歓迎はされている。

 話すたびに叫ばれるのは、ものすごくやりづらいが。


 桜小路学園よりも強烈だ。

 そして治安も悪そうである。


 決して少なくはない悪意の含まれた視線。品定めされている気分だ。

 これは確かに護衛が必要かもしれない。


 改善するよりも、慣れきってしまったのか。

 一人一人が変われば、すぐにでもいい方向に行くはずなのに。


 一週間だけの予定だが、歯がゆくてたまらない。

 こういうのを前学園長や、雪ノ下が見逃すようには思えない。

 あえて泳がすことで利益があるのかと、邪推してしまう。



 とりあえず簡単な挨拶を済ませ、あとは雪ノ下に任せた。



『五十嵐さんは、2-Sクラスで授業を受けていただきます。同じクラスになった人も、そうでない人も、彼の手助けをしてこの学園の素晴らしさを知ってもらいましょう』



 もう誰も止められないぐらいの騒ぎにまで発展した。叫び声というよりも悲鳴だ。

 あまりにもうるさいから、思わず耳を塞いでしまう。


 音がほとんど遮断された中、にっこりと笑った雪ノ下が何かを言った。

 その瞬間、先ほどまでのうるささが幻だったかのように、急に静かになった。

 俺の耳がおかしくなったのかと手を離すが、全く音が聞こえない。


 何を言ったんだと雪ノ下を見ると、笑ってごまかされた。

 やっぱりなんだかんだ言っても、手綱は握っているらしい。



『それでは、これから一週間五十嵐さんと仲良くしていきましょう。絶対ですよ』



 最後の言葉を聞いて、なんだか寒気がした。

 変な空気が残ったまま、会は終わった。

 じっとりとまとわりつく視線を感じながら、俺は雪ノ下の後に続いてその場を去った。






 2-Sクラスは、評価するにはまだ材料が足りなかった。

 確かにいい人はいるが、それと同じぐらいに警戒した方がいい人がいる。

 エスカレートするとストーカーになりそうなタイプや、金づるとして見ているタイプや、暴力に訴えることを視野に入れているタイプ。

 やはり治安が悪い。


 一クラスだけでこれだとすれば、学園全てとなるとかなりの人数になる。それを全て相手するのは骨が折れる、というか厳しい。


 何もしてこないと楽観視は出来ないし、同じクラスである雪ノ下の傍を極力離れないように気をつけるか。

 今日の授業が終わり次第、護衛を紹介してもらう予定だ。だから今日一日は、この視線を無視するしかない。


 授業は、レベルも進み具合もそう変わりがなかった。いつもの先生とは違ったやり方が興味深く、さらには俺の面倒を見るために隣の席に座っている雪ノ下と授業についての話をするのも楽しかった。

 別に桜小路学園のみんなが駄目というわけではなく、今まで俺の周りにはいなかった考え方をしていて、お互いにいい刺激になっている。



「一週間と言わず、ずっとこの学園にいてほしいぐらいです。それぐらい五十嵐さんとの話は面白い」



 授業が終わった時に、言われたそのセリフはお世辞じゃなかった。

 話し合いをしたことで距離がグッと縮まった気がする。

 すっかり気を許した俺は、金魚のフンみたいに雪ノ下にくっついて行動していた。



「五十嵐さんの護衛を務める春日かすがです。雪ノ下学園で雇っている護衛の中では、一番の実力があります」


「春日です。五十嵐様よろしくお願い致します」


「こちらこそよろしくお願いします……」



 寮へと帰り、やっと護衛の人を紹介してもらった。

 春日と名乗る彼は、実力者と言うだけあってスーツの上からでも分かるぐらい鍛えられた体つきをしている。羨ましいぐらいだ。

 後ろに撫でつけた髪、鋭い目つきは不審者を視線だけで封じ込められそうだ。


 かなり頼りになりそうだけど、なんだか……。



「なにか気になることでもありますか。それとも気に入らないですか」



 少し考え込んだのを見逃さず、雪ノ下が話しかけてくる。俺の行動を、気に入らないからだと推理したらしい。

 もし肯定したら、すぐにでも護衛は変えられるだろう。そして春日には、何かしらの罰が与えられるかもしれない。

 理不尽かもしれないが、そういうこともある。雪ノ下からすれば、俺の方が優先するべき人間だからだ。



「違います。とても頼りになると思ったんです」



 気に入らないから、考えこんだわけでは無い。慌てて否定すれば、笑顔の下に隠されていた冷たい気配が消えた。



「それなら良かったです。では、五十嵐さんの護衛を頼みますよ。どんな人間でも警戒を怠らないように。指一本でも触れさせたら……分かっていますね」


「かしこまりました」



 やっぱりなんだか……。

 深く頭を下げている姿に、誰かを思い出しそうな感じがする。

 俺の知っている人に似ているような。でも誰だか分からない。


 結局答えは出ないまま、もやもやを抱えることとなった。





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