第100話 ようこそ雪ノ下学園へ





「祖父が申し訳ありません」



 学園長室から出ると、まっさきに雪ノ下が謝ってきた。

 それは何についての謝罪か聞くのは、意地悪だろうか。



「謝ることは無いですよ。それよりも、学園長はどういった用事でいないのか、聞かない方がいいですか?」


「それは……申し訳ないのですが」


「あ、大丈夫です。絶対に教えてくれと言っているわけではないですから。学園長になれば、色々な仕事が急に舞い込んでくることもあるでしょう」



 言うのをためらったのは、それが俺に関係することだからかと疑いたくなる。

 でもそれは、さすがに考えすぎか。

 本当にただの仕事かもしれない。



「良かったんですか? 俺が部屋に泊まって。もし嫌ならば、やっぱり無理そうだって伝えておきますよ?」


「いえ、私から頼みましたので。他の学園の人と交流出来る機会は、そうそうありません。だから、ご迷惑じゃなければ」


「迷惑だなんてとんでもない。一週間よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」



 一緒の部屋だとは言っても、きっと寝る場所は別のはずだ。まさか一つのベッドを使うなんて、そんな馬鹿な話はないだろう。



「これから授業を受けるんですか?」



 学園長が言っていた通り、ここに滞在しいている間も普通に授業を受けなくてはならない。



「まずは五十嵐さんの紹介をするために、集会を開く予定です」


「そんな大げさな、といっても決定事項なんですよね」


「はい。みんなどんな人が来るのかと心待ちにしていて、交流会の話が出てからずっとソワソワしていたんです」


「俺なんかが来て、ガッカリされないといいですけど」


「むしろ大騒ぎになりそうです。そういえば桜小路学園でも、親衛隊などはあるんですか?」


「あります」


「それなら何となく分かってくださると思いますが、五十嵐さんのような方には煩わしくなるかもしれません。ご迷惑がかかりそうな時は、こちらでなんとか対処致しますので」



 話を聞いた感じ、あまりここでは親衛隊と仲良くしていないようだ。

 前までの桜小路学園と同じようなものか。



「大丈夫ですよ。自分の身は自分で守れるぐらい鍛えていますので」



 さすがにまだ高坂と権守には負けるが、それよりも弱い相手であれば勝てる。


 ほとんど筋肉がついてないように見えるせいで、みんなそこのところを分かってくれない。

 鍛えているうちに気づいたのだが、まさか筋肉がつきにくい体質だったなんて。

 腹筋は割れているけど、俺が望んでいるのはムキムキマッチョだ。

 父について行って、海外で鍛えた方が理想の体を手に入れられるだろうか。


 いけない。あまりに筋肉のことが大事で、思考がそれてしまった。



「それなら安心ですが、お客様ということで護衛はつけさせてください。精鋭を用意致しましたので」


「お気遣いありがとうございます」


「当然のことです」



 どんな人が護衛についてくれるのだろう。

 基本的に一緒に過ごすことになるから、変な人じゃなければいいが。


 俺に何があったら困るのは雪ノ下学園だし、きっと変な人はつけないはずだ。



「まだ時間はありますし、寮の部屋の案内を先にしましょうか。お送り頂いた荷物は、すでに持っていってありますので」


「お願いします」


「それじゃあ行きましょう」







 予想通り、生徒会役員の部屋だから一般生徒とは待遇の差があった。

 一人部屋なのに部屋が有り余るぐらいあって、そのうちの一つを使わせてもらう予定だ。


 使っていないベッドと、机と椅子、あとは生活出来るために必要なものが運び込まれていて、短期間の待遇にしては至れり尽くせりである。お金がかかっているとも言う。


 お金の無駄遣いと突っ込みたいが、これぐらいは別にやりすぎということでもない。

 むしろこのためだけに新しく施設を作ったとか、そんな事態にならなくて良かった。




 現在、俺を紹介するための集会が開かれるホールにいる。

 生徒の数や規模もほとんど同じで、ステージ裏で待機しているのだが、ざわざわとしていてたくさんの人の気配を感じる。

 雪ノ下が言っていることが本当なら、全校生徒が集まる予定だ。そういう場で話をすることが非常に多い。


 多いからといって、慣れているわけでもない。しかも初めて来る場所で、知らない人の前だから、いつもとは雰囲気が違う。


 簡単な紹介と言っていたけど、俺の印象が決まる。そしてそれは桜小路学園の印象に繋がる。とてつもなく重要な役割だ。



「緊張していますか?」



 隣にいる雪ノ下が聞いてくる。

 俺が緊張しているのが伝わったようだ。



「はい。大勢の人と会うので。大丈夫かな、と思いまして」


「大丈夫ですよ。いつも通りの姿を見せていただければ、みんな納得してくれるはずです」


「そうだといいのですが」



 深呼吸をして、俺は安心させるために笑った。



「無理に笑う必要もないですよ。自然体のあなたの方が魅力的です」


「と、てつもなく……いえ、なんでもないです」



 見た目も王子様なのに、言動も王子様なのか。

 まさか手の甲にキスを落とされるなんて、ほぼ他人と変わらない関係性なのに凄い。


 いつの間にか緊張が吹っ飛んでいて、もしかして励ましてくれたのかと、さらに印象が良くなった。

 でも、もっと他にやり方があったと思うけど。




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