第99話 新たな人物の登場






 雪ノ下学園は、ほとんど桜小路学園と変わりない内装だった。

 ゲームの仕様の限界かもしれないが、その方が分かりやすい。


 そこに雪ノ下の分かりやすい案内が加われば、すぐに場所を覚えることが出来た。



「五十嵐さんは、噂通り優秀なんですね」



 一回で覚えた俺を、雪ノ下は驚いた様子で褒めてくる。

 自分が呼び出したから分かっているくせに、俺のことは知らないふりをするらしい。



「雪ノ下さんの案内が分かりやすいからですよ。そういえば……不躾なことを聞きますが、雪ノ下さんってもしかして……」


「学園長の息子です。みんな知っていることですから、気遣って頂かなくてもいいですよ」


「やっぱりそうだったんですね。それで生徒会長なんて凄いです」


「……凄くはないです。流れでなったようなものですから」



 これは地雷だったようだ。

 表情に陰が落ちて、触れられたくないというオーラが出ていた。

 今はいじめる時間でもないから、これ以上は掘り下げなくてもいいか。



「これから学園長に挨拶しに行くんですよね。少し緊張します」



 話題が変えられた気はしないが、相手はほっとした表情になった。



「五十嵐さんなら大丈夫ですよ。きっと気に入られると思います」



 それはそれで嫌なのだが。

 桜小路学園の学園長を思い出し、当たり障りなく終わりますようにと、心の中で願う。



「……ここが学園長室です」



 学園長室の場所も予想通りで、そして見た目もほとんど変わりなかった。

 でも初めて会うという緊張感がある。

 俺は緊張をほぐすために、小さく深呼吸を繰り返す。



「入りましょうか」



 準備が出来るまで、何も言わずに待ってくれた雪ノ下の評価は、俺の中で上がっている。

 古城に似ていると思ったが、まだ危険性は低そうだ。


 扉をノックすると、中から返事が聞こえてきた。

 それを聞いて、雪ノ下が扉を開けてくれる。



「……失礼いたします」



 中に入れば、すぐに学園長の姿が視界に入った。

 雪ノ下に似ているが、予想していたよりもずっと年齢が上である。

 老紳士といった感じで、口ひげがよく似合っている。


 雪ノ下と親子だったとしたら、だいぶ遅くに産まれた子供だ。



「こんなおじいちゃんで、びっくりさせてしまったみたいですね」



 分かりやすい反応をしていたみたいで、挨拶をしようとする前に向こうから話してきた。



「そんなことありません。誤解をさせてしまったとしたら謝罪します」


「いいんですよ。実際にそのぐらい歳が離れていますから。私は学園長代理の雪ノゆきのした幸三こうぞう。前学園長で、そこにいる翠の実の祖父です」


「そうだったんですか」



 実の祖父だったとしたら、年齢に開きがあるのは当たり前だ。



「本来なら学園長が出迎えるべきですが、今回は外せない用事が入ってしまいまして。申し訳ないのですが、私で納得していただけると嬉しいです。私では力不足でしょうか?」


「力不足だなんてとんでもない。むしろお会い出来て光栄です」


「それは良かったです」



 ただ引っかかるとすれば、どうして代理の件をあらかじめ教えてくれなかったかだ。

 雪ノ下の反応を見ると、知らなかったわけでもなさそうである。それなのに、あえて言わなかった。

 忘れていたのか、わざとなのか。どちらでもありえそうだ。



「ではさっそく、今回の交流会の簡単な注意事項だけお伝えしますね。一週間という期間ですが、授業にはきちんと出てもらえれば、それ以外は自由に行動していただいて構いません。分からないことがあったら翠に聞いてくれればいいですから。もちろん私でもいいですよ」


「ありがとうございます。入ってはいけない場所などがあれば、先に教えておいてもらいたいのですが」



 桜小路学園と同じだとしたら、ある程度の予測は出来るけど、確認しておくことは大事だ。



「そうですね。許可がない限りは、学園長室、職員室、生徒の自室などに入らないようにしてください。あとは特に駄目という場所はないでしょう。きちんと判断を出来るはずですし」


「分かりました」



 自由にしていいとは言われたが、分別ある行動をしろと遠回しに釘を刺された。

 元々暴れ回るつもりはなかったから、素直に頷いた。



「君のために部屋を用意しようかと思ったのですが、客室がいいですか? それとも、良かったら翠の部屋に泊まりますか?」


「えっと……魅力的ですが、雪ノ下さんが嫌でしょう。プライベートな空間ですし」


「私は構いませんよ。むしろ、お互いに有意義な時間を過ごせる気がします」


「翠もこう言っていることですし。まあでもどうしても駄目でしたら、無理にとは言いませんが」



 これは、最初から客室に泊まらせる気はなかったな。

 どういう意図を持って同じ部屋にしたいのか。一番考えられるのは監視だろう。


 大変だと覚悟していたけど、ここの学園も一筋縄ではいかないらしい。



「ぜひ、喜んで」



 俺は完璧に見える作り笑いを浮かべながら、さらに警戒心を強めた。


 一週間。何事もなく終わればいいが。

 絶対に無理だと、この二時間ほどの間で分かっていた。





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