第109話 まさかの






「な、んでここにいるんだ?」



 確かに、存在を忘れていたことは認める。

 そういえば、帰る時に見送りに来なかった。

 でも、ここにいる理由にはならない。



「なんでここにいるかって、俺のことを置いていったからでしょー」


「置いていったというか……別に俺のものじゃないっていうか」


「は?」


 は? と言いたいのはこっちの方だ。

 どうして普通にいる。俺がおかしいのか。



 桜小路学園にやっと帰ってこられたと思ったら、何故か校門のところに鬼嶋が立っていた。

 それだけでも驚きだが、その格好もおかしい。



「えーっと、どうして桜小路学園の制服を着ているんだ?」



 白色の制服は、見慣れないからかコスプレみたいだった。むしろコスプレだと言ってほしい。



「そんなの決まってるじゃーん。今日から俺もー、ここに通うからー」



 全然決まっていないし、誰か状況を詳しく説明してくれないだろうか。


 現実逃避をする俺を嘲笑うかのように、鬼嶋の編入は簡単に認められた。

 知らなかったが、どうやら結構優秀らしい。


 これから絶対に騒がしくなる。そしてそれに巻き込まれる未来が確定していて、頭が痛くなった。






「相お坊ちゃま、それは元いた場所に返してきましょうか」


「別に俺が拾ったわけじゃ」


「えー。ひどーい。俺のこと捨てるのー」


「お坊ちゃま。俺はそいつが気に入りません。消していいですか?」


「あ? お前ごときが出来ると思ってるの?」


「使えない犬は二匹とも捨てますか?」


「喧嘩は止めろ。高坂も怖いこと言うな」



 完全に俺に懐いてしまった鬼嶋は、ものすごい駄々を捏ねながら学園長に頼み事をした。

 編入したばかりで不安だから、世話係をつけること。それを友人である俺がやること。その二点。


 生徒会補佐をしていて忙しいのを理由に却下されかけたが、見返りを提示したのだ。



 それがどんな内容だったかは知らないが、要求を受け入れられたのだから、きっと使えるものなのだろう。

 そして調子に乗った鬼嶋は、ついでとばかりに付け加えた。



「それじゃあ、あいちゃんと俺同室ねー。荷物よろしくー」



 その鮮やかな手口に、俺も学園長も拒否するのを忘れたぐらいだった。

 こんな流れで同室になったのだが、高坂と権守にとっては一週間ぶりに帰ってきた俺に、おまけがくっついていたのだから驚いただろう。


 鬼嶋から良くないオーラを感じ取ったのか、二人とも怒っている。特に権守は馬が合わないようで、お互いに唸っている。


 高坂が言うように、犬っぽい。

 狂犬と猛犬か。

 自分で考えたイメージが当てはまりすぎて、思わず笑ってしまった。



「笑い事ではありませんよ。同室なんて許されるわけがございません。誰の許可を得てそんな」


「誰のって、学園長様様だけどー」


「……なんておろかな」



 高坂は怒りを隠しきれていない。たぶん今すぐにでも、学園長室に乗り込みに行きたいはずだ。でもそれをしないのは、鬼嶋から目を離せないからだろう。


 怒るのは心配してくれているのだからだと分かるが、すでに決まってしまったことだ。

 それに今の鬼嶋は、そこまで危険もない。



「まあとにかく、慣れるまでは面倒見るから。出来れば、というか仲良くしてくれ」


「よろしくねー」


「……かしこまりました」


「…………かしこまりました」



 渋々といった様子だが、一応は承諾した。

 そういうわけで、鬼嶋と同室になった。完全に二人ということでもないから、まあ大丈夫なはずだ。







「交流会に行って、どうして雪ノ下の狂犬を連れてくることになるんだろうね。さすがに分からないよ」


「いや、俺だってよく分からないというか」


「それじゃあ、後ろから勝手に着いてきたって言うの?」


「そんな感じだ」


「犬じゃないんだからさ。ほいほいと持ってくるようなことしないでよ」


「俺のせいじゃない」


「ぜーったいに相君のせいだから」



 鬼嶋の存在が簡単に認められるわけもなく、まっさきに菖蒲とイチに報告したら、イチの説教が始まった。

 どうやら鬼嶋は結構有名らしい。

 全く知らなかったと言ったら呆れられそうなので、俺は知ったかぶりをする。



「それでどうするの。いきなり同室になったって聞かされて、俺達親衛隊が納得すると思ったら大間違いだから。それは、相君の身を心配してのことだよ。いくらなんでも警戒心が無さすぎる」


「悪い……でもそこまで危なくないから。俺に随分と心を許してくれているし」


「そっちの方が心配だよ……でもまあ、いくら言ったところで取り消せないんでしょ。……気をつけてよね」


「部屋は別にしていて、高坂と権守が交代で見張りにつく」


「すっごく警戒されているよね、それ。まあ高坂さんと権守さんがいるなら、下手に手出しはしないか。それじゃあ連れてきて」


「何を?」


「この流れで、狂犬以外に何を連れてくるのかな。どうせ親衛隊に入れるつもりだったんでしょ。それなら早く入れた方が良い。今なら俺とあーちゃんの二人で面接も出来る」


「助かる」



 さすが優秀な俺の親衛隊だ。

 考えていることを読み取って、そして先回りして提案してくれた。

 全ては俺のために、と言った感じか。


 これは、雪ノ下学園で起こったことは言わない方が良さそうである。

 絶対にみんなには内緒にしておこう。そう決めた。





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