第108話 とどめをさす





『雪ノ下学園の生徒では無いですが、俺が話すことを許してください』



 普通だったら止められるかもしれないが、このために好感度を上げておいたのだ。

 表面上は穏やかに、でも有無を言わさない強引さで場の主導権を握る。



『今回の交流会で、本日までの一週間、雪ノ下学園で学ばせていただきました』



 雪ノ下の隣にいたから、俺がどちら側なのか分かっているのだろう。

 話す前に止めようとしてきたので、笑顔で黙らせておいた。



『今日が最終日ですが、この一週間はかけがえのないほどの価値がありました。ここで学んだことは、桜小路学園に戻っても忘れません』



 まだどんな話をするのか予想出来ないから、内心では怖がっているはずだ。でもまだ変なことは言っていないから止められない。



『集会でのお話も大変興味深いです。それで、桜小路学園で経験したことを思い出したので、少しだけ俺の話に付き合ってください』



 まだ止められない。でもチャンスを窺っているだろうから、隙を作らないように気をつけなくては。



『桜小路学園に入学した俺は、しばらく経っても友人を作ることが出来ませんでした。話しかけてくれる人もいなくて、話しかけようとしても逃げられていました。でもいじめられていたとか、嫌われていたわけではありません。遠巻きにされていたのです』



 あの頃を思い出すと、当時と同じようにモヤッとしたものを感じる。



『どうしてか。それは俺が五十嵐家の人間だったのと、入学式で新入生代表をして親衛隊がすでに発足していたのが原因でした』



 ここで俺は生徒の顔を見渡す。

 視線が合いそうになった時に下を向いた人は、何かしらの心当たりがあるようだ。



『そうです。親衛隊が、彼らにとっては完全なる善意で、それが当たり前のこととして、俺と関わる人を選んでいました。もちろんそれは頼んでいたわけではありません』



 原因に気づいて、すぐに対処出来て良かった。今はそう思う。



『俺は親衛隊と話をしました。そして決まり事を作りました。ただ権力を振りかざして言うことを聞かせたのではなく、俺に好意を持ってくれたのを感謝して、誠意を持って接したのです。お互いにとって良くなるように』


 まだこれだけでは、俺の言いたいことは伝わっていない。緊張しているようだが油断が見えた。



『今この話は関係ない。そう思っている人は少なくないはずです。俺がこの話を通して何を伝えたかったのかというと、伝統で当たり前だったものが、必ずしも正しいとは限らない。むしろ自分達のために、自分達に合わせて積極的に変えるべきだということです』



 油断していたところで本題に入る。

 邪魔をする時間を与えずに、俺は一気に畳み掛けた。



『桜小路学園もまだ完全にとは言えませんが、家柄で上下関係を決めるのではなく、能力を重視する方向で動いています。雪ノ下生徒会長が言っていたように、全てを変えるのには時間が必要です。しかし皆さんの強い意志があれば変えていけます。話が長くなってしまいましたが、皆さん一人一人に伝わったことを願っています。俺からは以上です』


『五十嵐さん、ありがとうございました。皆さん話を踏まえて、私の提案に賛成の人は挙手をお願いいたします』



 その光景は圧巻であった。

 周りを気にすることなく、自分の意志で手をあげていく。


 ホール内のほぼ全員が、最後にはまっすぐに手をあげていた。

 反対側の人間が見えなくなるぐらいで、隣にいる雪ノ下が息を飲む音が聞こえた。



「雪ノ下学園は、良い方向に行きますよ。そしてそれは、全員で作っていくんです」



 我ながら臭いセリフだと思ったが、ここまでの光景にだったら合うだろう。








「五十嵐さんには、感謝してもしきれません。……本当に行ってしまわれるのですか?」


「俺も寂しいですが、桜小路学園が俺の帰る場所なので。それにこれで最後というわけではないでしょう」


「そうですね。今度は私がそちらに行ってみたいです」


「ぜひ。……って、俺が勝手に決められる話ではないんですけどね。でもみんな歓迎してくれると思います」



 一番初めに会った場所で、俺と雪ノ下は別れの挨拶をしていた。


 集会が一応成功に終わり、雪ノ下学園がやるべきものが出来たので、予定よりも早く交流会が終わることとなった。


 寂しいけど、会おうと思えばいつでも会える。

 これが最後の別れじゃない。



「五十嵐さんを選んだ私の目は間違っていなかったです。期待していた以上の成果を得られました」


「俺の力なんて微々たるものですよ。この学園の人達の変わりたいと思う気持ちが、結果を生み出したんです。それにこれは始まりに過ぎません。向こうはきっと阻止するために、すぐにでも動き出すでしょう」


「はい。その対策も講じる予定です。次にここを訪れる時には、自慢出来る学園に変わっていることをお約束いたします」


「それは楽しみですね」



 どちらかともなく、俺達は握手をしていた。

 その力強い手に、絶対に大丈夫だと確信する。



「それでは、また」


「また会いましょう」



 名残惜しかったが、帰らなかったらうるさい人がいる。

 ゆっくりと手を離し、雪ノ下に最後まで見送られながら、俺は桜小路学園へと帰った。






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