第107話 雪ノ下学園の改革





『これから、雪ノ下学園臨時集会を始めます』



 マイクを持った雪ノ下の後に続き、俺はステージの中央に進む。

 視線が集中してくるから、手を振って笑いかけた。悲鳴のような歓声が上がったので、好感度を上げられたはずだ。

 とにかく、敵以外の人には好かれておいた方が得である。


 過剰なぐらいに愛想を振りまくたびに歓声は上がるが、あらかじめ準備しておいた耳栓のおかげでうるささは半減している。



『突然集まってもらい申し訳ありません。今回集まってもらった理由は、この学園に関する重要なことです。みなさん面倒くさがらず、きちんと真剣に話を聞いてください』



 すぐにはざわめきが消えなかった。

 桜小路学園では考えられないことだ。恐怖政治ではないが、天王寺の存在は絶対なので、天王寺が話を始めれば自然と静かになる。

 最後まで話をしているのが、雪ノ下が教えてくれた人で、あまりにも分かりやすかった。



『みなさんも気づいているでしょう。ここにいる五十嵐さんのいる桜小路学園と、この雪ノ下学園の違いを。私達は昔からそうだからと、今まで何もしてこずに見て見ぬふりをしてきました。本当にそれでいいのでしょうか?』



 雪ノ下の話し方は、きちんと心が籠っていていい。ほとんどの人が、真剣な表情で聞いている。

 でもここには敵がいるから、それでは駄目だ。



「何を変えるべきだと言うんですか?」


「そうですよ!」


「急にそんなことを言われても困ります!」


「学園長は許可しいるんですか!」



 一人の発言がきっかけで勢いがつき、何人かが文句に近い反対の声をあげる。

 これも予想通りで、雪ノ下も俺も全く困っていない。


 ちょうど学園長の名前も出たことだし、まずはお願いしよう。



『学園長代理の私で失礼します。今回の臨時集会は私が許可いたしました。ここで決まったことは、全て学園が責任を持ちますので、よく考えて決めてください』



 それだけ言うと、軽く頭を下げてステージから降りていった。とりあえずは様子見して、どうしようもなくなったら手を貸してくれる感じだろう。

 代理とはいえ、学園長が許可をしたということで、にわかに緊張が走った。

 敵の人達も思いもよらなかったのか、戸惑いながら仲間と目配せや話をしている。

 どう動きべきか考えているようだ。



「あ、あの……この集会では何を決めるんですか?」



 恐る恐るといった感じで、生徒の一人が尋ねてきた。

 声は小さかったが前にいたので、なんとか聞こえた。



『……そうですね。この学園の悪しき習慣を、今日で終わらせようと思っています』



 詳細は言わなかったが、何をする気なのか伝わったようだ。

 オドオドと口をつぐむ。



『この集会で決めるのは、学園のおかしな習慣です。親衛隊も、容姿至上主義も、家柄でランクを決めるのも、全部全部。と言いたいところですが、急に全てを変えたら混乱を招くだけなので、とりあえずは一番の悪を消します』



 そこで雪ノ下は大きく息を吸った。



『家柄や寄付の多さで、好き勝手に学園のことに口出しをしたり、便宜をはかってもらおうとしたり、そういったことを全て今後一切拒否します』



 やはり、一番の問題はそこか。

 家柄や寄付で優遇してしまうと、それに関係した事件が発生する。

 きっとそのせいで、今まで泣き寝入りした被害者もたくさんいるはずだ。


 でもこの悪習を無くすと宣言すれば、それで恩恵を受けていた人々が離れる可能性もある。

 公立では無いから、寄付は収入の重要と言っていいぐらいの割合を占めている。

 それが途絶えれば、学園存続の危機にすら発展するかもしれない。



 公の場で宣言をするのに、多くの葛藤があったはずだ。



「本気で言っているのですか? 正気とは思えません」



 それで甘い蜜を吸っていたのだろう、教師がステージに上がりそうな勢いで、雪ノ下に食ってかかった。



『本気でなければ、こんな大勢の前で宣言はしません。たくさん迷い、考え直そうかとも何度も思いました。しかしこれ以外、他に方法はありません』


「この学園を潰す気ですか!?」


『これで潰れるぐらいなら、この学園は無い方がいいんですよ。全ての生徒に平等に学ぶ機会を作る。一部の生徒にだけ優しくして、守るべき生徒を見捨てる。そんな場所はもういりません』


「あなたじゃ話にならない! 学園長はこのことを知っているのですか! こんな茶番を許すとは思えません!」



 学園長代理も味方に付けられないと考え、ここにはいない学園長の存在を出してきた。

 悪あがきが凄い。負けたらどうなるか理解しているからこそだろう。それにしても醜い。


 少し考えれば分かりそうなものだが、学園長が雪ノ下の父親だということを忘れているのだろうか。

 それとも私利私欲で動く人間だと思っているのか。



『あなたの方こそ、学園長の何を知っているんですか?』



 さすがの雪ノ下も頭に来たらしく、冷たく問いかけた。

 怒っている。離れたところからでも圧を感じたようで、一二歩後ろに下がった。



「そ、それは……生徒達だって納得しないはずです!」



 学園長を出しても無理だと、すぐに切り替えた。対応が早い。それは認めるが、周りをよく見た方がいい。

 反対に傾くと期待しているのだとすれば、愚かだとしか言いようがない。


 ここはひとつ、俺が相手になるか。

 予定より早いが、雪ノ下からマイクをもらった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る