第110話 戻ってきた学園で





「えっ!? 雪ノ下学園からは学園長が来ていたんですか?」


「そうだ。向こうから何も聞かなかったのか?」


「全然聞いていませんよ。用事があるからって、前学園長が代理になっていたのを知っていたぐらいです。まさか生徒じゃなくて学園長が来ていたなんて。でも、どうしてですか?」



 生徒会にも鬼嶋を連れていき紹介した。

 一悶着あるかと覚悟していたが、意外にも直接的な反対はされなかった。

 菖蒲とイチが、それとなく働きかけてくれたようだ。



「改革をするために、学園長が不在だった方が油断をさせやすかったとは思いますけど、だからといってわざわざ桜小路学園に来なくても良かったんじゃないですか?」


「俺達もそう思ったが、たぶん、というか絶対に学園長に対する嫌がらせだ」


「嫌がらせって……二人はそんなに仲が悪いんですか。初耳です」


「ほとんど交流して来なかったからな。同学年のライバルで、息子の年齢もそこまで変わらないだろう? バチバチの犬猿の仲だって話だ。父親から何も聞いていないのか? たしか同学年だったはずだけど」


「……そうですか」


「会長、その話は」


「そ、そうだな。なんでもない」



 父親の話が出た途端、次男が話を遮った。

 天王寺も、しまったという表情を浮かべて口を閉じる。

 俺に向けられる視線は、居心地の悪いものだった。


 父が学園長二人と同学年だったというのを初めて知った。聞いたことがない。

 あんなに仲良くなれたと思っていたが、そういう大事な話は知らないままだ。

 それが悲しい、のかもしれない。


 同情されたくないから、俺は大げさなぐらい明るく笑った。



「大丈夫ですよ、俺は。気にしないで話を続けましょう。えっと、学園長は一週間なにをしていたんですか?」


「えーっと、まあ、視察だな。というよりも視察を名目に、休暇を楽しんでいるようにも見えた。あんなに振り回されている学園長は初めてだったな」


「ちょっと見てみたかったです。それじゃあ、学園にいられないから休暇と並行して学園長を振り回しに立候補した感じですね」


「そうだな。今回は、桜小路学園が振り回されっぱなしだった。次は絶対にこっちが振り回してやるぞ」


「どういう決意ですか。それで、あの、帰ってきてそうそうなんですけど、お願いを聞いてもらってもいいですか?」


「親衛隊の話は聞いた。そっちで反対されていないのなら、こっちで止める理由はない。親衛隊のことは、俺も信じているからな」


「ありがとうございます。でもそのことじゃないんです……」


「なんだ? そんなに頼みづらいことか? 雪ノ下学園でなにかされたのか? それなら全ての勢力を使って、ぶっ壊しに行く」


「違います。そういう話でもないです。えっと鬼嶋の件なんですけど」


「……そいつか」



 報告した時より、生徒会室の空気が冷たくなった。

 すんなり許可されたように見えて、実は嫌という気持ちが強いのか。


「何を頼みたい? 聞いてから判断するから教えてくれ」



 それは内容によっては、断ることもありえるわけだ。

 でもこの頼み事なら、大丈夫だと思うのだが。



「俺と同じクラスにしてもらいたいんです」


「クラス?」


「はい。心細いから一緒がいいと。その方が俺としてもサポート出来るので都合が良くて」


「なんだ。そんなことか。もうその予定で進んでいる」



 それなら安心だ。

 同じクラスになれなかったら暴れてやるー、と脅迫まがいのことを言っていた。口調は緩かったけど、あの目は本気だった。


 それでも俺は可愛いわがままだと聞いてあげたくなるが、周りからするとそういう類のものでは無いらしい。

 俺よりも大きな背丈で、容姿が可愛いわけでもないのに、庇護欲を誘うのが悪いということにしておこう。



「ありがとうございます」


「別にいい……でもさっきから、そいつのことばかりだけど、まさか好きになったわけじゃないよな?」


「え。好きですよ?」


「はあっ!?」



 耳が痛いぐらいの叫び声。

 天王寺だけじゃなく、他のみんなも叫んだせいだ。



「好きってどういうことだ!?  恋人になったのか!?」


「あんなどこの馬の骨かも分からないような奴、五十嵐家は認めないぞ!」


「相様! その報告は受けていません!」


「それはさすがに見逃せない話だね。どうしてさっき言わなかったのかな」


「俺も聞いてない。相談ぐらいしてくれても良かったのに」



 みんなが各々言いたいことを言いながら詰め寄ってきて、俺は後ろに下がってなだめようと手を前に出した。

 完全に誤解している。言い方が悪かったせいだ。



「違う。違うから、ちょっと落ち着いてくれ」



 全員の圧が凄くて、このままだと後ろに倒れる。

 誤解をとくために、焦らずゆっくりと話しかける。

 でもそんな俺のことを、後ろから誰かが支えるように抱きしめてきた。



 誰だ。

 なんだか知っている人の匂いがして、今この場では嫌なタイミングだと冷や汗が流れる。

 というか、腕が四本見えるのだが。



 ぐぎぎと、油の切れたロボットのように、ぎこちなく後ろを見た俺は固まった。



「今の話、詳しく聞かせてもらおうか」


「そうだね。僕もぜひ聞きたいな」



 笑っているのに怒っているという、矛盾の表情を浮かべた長男と古城がいた。

 早く本当のことを話さないと、世界が滅ぶ。

 大げさではなくそう感じて、俺は叫んだ。



「全部誤解です!」





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