第111話 引っ掻き回す狂犬




「俺には恋人はいません。……もういいですか。いつまで言えばいいんでしょうか」


「信用出来ないから、あと十回」


「信用出来ないって……それに仮に恋人を作ったとしても、それは俺の自由じゃ……」


「どうやら分かってないみたいだな。あと三十回」


「勘弁してください」



 なんとか鬼嶋が恋人という誤解は解けたが、全員許してはくれなかった。

 何故か恋人がいない宣言をさせられて、そろそろ疲れてきた。



「分かりました。もう恋人を作らないって約束しますから」


「いや別に作るのが駄目とは言っていない。許可がないと駄目だって言っているだけだ」



 どうして恋人を作るのに許可が必要なんだ。

 俺は箱入り娘か深窓の令嬢か。

 口から出そうになったが、言えば面倒なことになると分かっていたから黙った。


 まだ家族や親衛隊の人が言うのは、少しだけ分かる。

 でも全員、同じぐらいの熱量で怒っているのは、どういうわけか。


 鬼嶋を先に出て行かせたのは正解だった。

 そうでなければ、もっと面倒なことになっていた予感がする。



「あいちゃん、終わったー? もう俺、待ちくたびれたんだけどー」



 考えたせいか、扉が勢いよく開いて巨体が飛びついてきた。

 俺以外は見えていないとばかりに、おかまいなしだったから、近くにいた天王寺や兄達なんかは軽く吹っ飛ばされていた。



「雪ノ下の人間は待ても出来ないのか?」



 吹っ飛ばされたことで、怒りの矛先がそちらに向かう。

 俺に抱きついて、頬を擦り寄せていた鬼嶋はにいっと笑った。



「なーに? 自分達がここまで出来ないからってー、妬まないでくれるー?」


「なんだと?」


「止めてください。わざわざ争いに持ち込む必要は無いでしょう。……ハルちゃん、大人しく待っていてくれって言っただろ」


「えー。だって暇なんだもーん」


「まったく。あと少しで終わるから」


「ここで待ってていーい?」


「いいよ。でも静かにな」


「はーい」



 やっぱり可愛いな。頭を撫でながら和んでいると、俺以外の人が小刻みに震えている。



「えっと、今日は学園の案内をする約束をしていて。仕事はきちんと終わらせていますから、帰ってもいいですか?」



 なんか良くないものを感じたので、何かがある前に帰ろう。そう思って鬼嶋と手を繋いで出て行こうとしたが、無言で扉の前に立って阻止される。

 しかも全員だ。


 みんなうつむいて怖い。どうした。

 そこにいられると帰れない。

 何かやり残したことでもあっただろうか。考えるが、文句を言われないように全て終わらせたはずだった。



「あのー……」



 話しかけたくないけど、話をしないと帰してもらえない。

 とりあえず声をかけてみると、真ん中にいた長男が顔を上げた。


 完璧な作り笑い。それがとても怖いし、何をしでかしてくるか読めない。



「ハルちゃんというのは、そいつの名前か?」


「そうですが」


「どうしてそんなに親密になっているんだ。俺達の知らないところで、ずっと仲良くしていたのか?」


「……え。いえ。この前会ったのが初めてですけど……」


「それにしては距離が近すぎる!」



 ……えーっと、つまりは何を言いたいんだ。

 俺と鬼嶋の距離が近いと、全員が怒る理由はなんだ?


 頭にはてなマークを浮かべていると、大きなため息が聞こえてきた。



「あー。めんどくさ。あいちゃん帰ろー。俺もう疲れたー」


「案内はいいのか?」


「大体の場所は分かっているからいいよー、それよりも部屋でゆっくり休もうー」


「疲れたのなら帰ろうか。来たばっかりで大変だったからな。鬼嶋もこう言っているので、話は後でもいいですか? 明日とか時間をとりますし」



 今すぐと言った様子はないし、冷静になった方が良さそうだ。

 そういうわけで有無を言わさずに、みんなを押しのけて出ていった。



 もう少し優しく言うべきだったかと、部屋に帰ってから反省したけど、まあ大丈夫だろうと思い直した。

 それに鬼嶋がわがままを言って、そちらを対応していたから、いつの間にか頭の中から消えていた。







 それは駄目だったと気づいたのは、次の日になってからだ。



「これは……何が起こったんだ?」



 鬼嶋と一緒に学校に行くと、そこには地獄絵図が広がっていた。

 学園がめちゃめちゃになっている。物も建物も壊れていて、襲撃にでもあったのではないかと思うぐらいの光景。


 もし本当に襲撃があったとすれば連絡が来るはずで、それに警察が捜査するはずだ。でもそれがないということは、これをやったのは学園関係者という可能性が高い。



 何が起こったのかを、誰に聞くのが一番いいのだろう。

 今日に限って知り合いが見つからず、というか人の姿がほとんど、いや全くない。


 高坂と権守も首をひねっていて、この状況が同じように分かっていないらしい。



「おかしいですね。はじめ様や暁二様と連絡が取れません」


「俺も親衛隊のメンバーに連絡しているんだけど、誰からも返事がない」



 まるで寝て起きたら、別世界にでも飛んだみたいだ。

 そう疑ってしまうぐらい、おかしな状況だ。



「とりあえず手分けして原因を探ろう。ハルちゃんはまだ完璧に学園のことを知らないだろうから、俺と一緒に行こう」


「いいよー」


「高坂、権守。何が起こったのかまだ不明だから、絶対に油断するな。こまめに連絡してくれ。危ないと感じた時は自分の身を優先しろ。いいな?」


「承知しました」


「かしこまりました」


「それじゃあ行こう」



 俺は鬼嶋の手を引き、どうして学園がこんなことになったのか原因を探りに出た。





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