第38話 婚約者候補とお茶会





 お茶会は一人につき一時間まで。

 俺が延長したいと望めば、そのまま話し続けることは出来る。

 場所は本館と別館の間にある植物園のテラスで、一応形式上は二人でだけど近くには高坂を含めて護衛が取り囲む。


 仲良く話をするには物騒だ。でも場を設けてもらえただけ、ありがたいとポジティブに考える。


 未だに兄達は納得していなくて、妨害してこようとしてきたけど、そこまで本気じゃなかったから開催が中止されることは無かった。


 ただ最後まであがきたかったのか、相手には友達になるかもしれないのは伝えず、名目は誕生日パーティーのお詫びだ。

 そのメンバーの中に、高坂に頼んで何人か増やしておいてもらった。知り会えれば有利に働くかもしれない人である。




 そして今日は、開催初日だった。

 メンバーは立候補してきた順番、ということでトップバッターは天王寺になってしまった。


 天王寺に決まった時のみんなの顔といったら、そのまま殺しに行くのかと心配になったぐらいだ。

 なんとかなだめて考え直してもらったので、天王寺は俺に感謝して欲しい。



 心底嫌そうな表情を隠すことなく、高坂はお茶会の準備をしていた。

 その腰にささっている日本刀は、この前のものだろうか。それを使おうとする機会が無いのを、本気で願いたい。



「午前は天王寺で、午後は古城なんだよな」


「……その通りです。お疲れになった場合は、即刻中止致しますが。いかがなさいますか」


「いや、予定通りに」


「……かしこまりました」



 そんなに嫌か。

 嫌そうにしながらも準備する手は止めないのだから、そこら辺はさすがプロである。



「大丈夫だ。ただ誕生日パーティーのお詫びをするだけだし、そこまで長く話をするつもりもない」


「相お坊ちゃまがそう思っていても、相手はどうだか分かりません。パーティー騒ぎの当事者ではありませんか」


「そうだけど、さすがにここで何かをしてくるほど愚かではないはず」


「ああいう類の人間は、そういう愚かなことをしでかすのです」


「信用ないな」


「するわけがございません」



 高坂の中では、すでに敵として認定している。

 あまり近くに配置すると、お茶会に影響してしまいそうだ。



「一応確認しておくが手を出すなよ」


「……」


「返事」


「……かしこまりました」



 忠告しておいて良かった。油断も隙もありはしない。

 俺だって天王寺のことは好きではないけど、他の人達の反応は大げさに思えた。



「とにかく、天王寺はお客様なんだから、俺がいいと言わなければ手だし無用」


「……かしこまりました」


「大丈夫。一時間なんてあっという間だから、心配することは無い」





 高坂にそう言って、笑っていた自分を殴りたい。


 天王寺が時間通りに来て、お茶会が始まってから十分。精神的に、とてつもなく疲れ切っていた。


 まず何が嫌なのかというと、天王寺がずっと俺のことを見てくる視線のわずらわしさだ。

 穴が空くぐらい見つめられて、嬉しいと感じるわけが無い。

 むしろ何を考えているのか分からなくて、精神的な辛さがある。



「そんなに見つめられると照れくさいですね」


「いいじゃないか。婚約者の可愛いらしさは目に焼き付けておきたい」


「おかしなことをおっしゃりますね。俺達は婚約者ではないですよ」


「恥ずかしがり屋なんだな」



 次に何が嫌なのかというと、自信満々に婚約者だと言って話を聞いてくれないところだ。


 先ほどからずっと話が堂々巡りしていて、遠くで控えている高坂の殺気が増している。

 その場所からここの会話はよく聞こえないはずだが、これが地獄耳というやつか。

 日本刀に手をかけているのを、周りの護衛が必死になだめている。


 こういう時じゃなければ格好いいと思うのに、とても残念だ。今度、居合い切りとかを見せてもらいたい。



「なあ。今は俺と話をしているんだから、他のことに気を取られるな。嫉妬でそいつのことをめちゃくちゃにしてしまいそうだ」


「……どうして、そこまで俺のことを気に入ってくれているんですか。この前の誕生日パーティーで初めて会ったのに。好きになる理由がないでしょう」



 こうやってぐいぐいと来ているのは、俺本人ではなく俺の後ろにあるものに狙いを定めているからに決まっている。



「俺の愛を疑われていたなんて、アプローチの仕方を間違えていたみたいだな」


「はっ?」


「運命とか恋とか全く信じていなかった。そんなものに振り回されるわけがないと、ずっと思っていた」



 気がつくと、真剣な表情をした天王寺が俺の前にひざまずいていた。



「でもあの日、俺は一目惚れしたんだ。天使が地上に降りてきたと。だから翼をもいで、一生天には帰れないようにするべきだって」



 衝撃的すぎて何も返せない。

 一目惚れとか、天使とか、言っていることはメルヘンなのに雰囲気は可愛らしさのかけらもなかった。



「婚約者という地位におさまれて、そして結婚出来るなら、何もかもを捨てたって構わない。俺の気持ちが信じられないなら、信じられるようになるまでアピールすればいい」



 天王寺の性格からは考えられないほどの優しい力で手を取られ、そして指先に軽くキスをされた。



「だから、俺のことを早く好きになれ」



 キスをしたまま不敵に笑う姿は、幼さがあるがそれが気にならないぐらいに様になっていた。

 心臓が騒いで、そして苦しい。

 その正体を探る前に、天王寺の脳天にめがけて日本刀の柄が振り下ろされた。



「高坂!」



 見事に直撃し気絶した天王寺。

 俺はただただ叫ぶことしか出来なかった。






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