第37話 俺の婚約者候補





 天王寺と古城のせいで、他の攻略者と知り合うどころの話じゃなくなってしまった。

 あの後、父が完全に怒って俺を会場から連れ出した。


 挨拶がまだだと言っても聞き入れてもらえず、いつの間にか兄二人もついてきていた。

 二人とも顔が険しく、父と同じぐらい怒っているのが分かった。



「こ、高坂」



 高坂なら、なんとか落ち着かせてくてるんじゃないか。そう期待して、顔を見て無駄だと悟った。



「私も憤りを感じておりますので、とりあえずは別館に戻りましょう」



 みんな怒っている。

 俺だって巻き込まれただけなのに、怒られるのは嫌だ。

 一人だけ悲しい気持ちになりながら、何も言わずについていった。



 俺の部屋に入ると、まっさきに父が叫んだ。



「あいつらは一体なんなんだ!」


「ここへの立ち入りを禁止しましょう。半径一キロは近づけないように、策を講じるべきです」



 長男は父よりも冷静かと思ったが、とんでもないことを提案している。



「というか、婚約の打診ってなんだよ!」



 父以上に荒ぶっている次男が、テーブルを蹴りあげようとして、俺の部屋だということを思い出し止まった



「相手にする必要は無いから、報告する必要もないだろう」


「ですが、今こうしておかしな輩が現れたのですから、早急に対応しておくべきだったのでは?」


「そうだ! でも古城って奴は、兄貴の友達なんだろう。あんな頭のおかしい奴と知り合いだなんて、兄貴もおかしいのか? 最初から気に入らなかったんだよな、あいつのこと」


「何を今更。お前だって仲良くしていたじゃないか」


「はあ?」



 俺をおいてけぼりにして、話がどんどん口喧嘩に発展している。

 このままだと拳が飛び交いそうだ。



「お前達止めないか」



 兄達の争いを見たおかげか、父はようやく落ち着きを取り戻したようで、喧嘩を止めるために手をあげた。

 これで一旦は終わりそうだ。俺ではどうしようも出来なかったから、ひと安心する。



「とりあえず先に解決するべき問題がある。婚約者の話が広まったことで、これから打診してくる家が確実に増える。それらの命知らず達に対して、どう痛い目をあわせるべきか考えておかなくては」



 駄目だ。

 表面上は冷静を装っているけど、全然落ち着いていない。


 もう最終兵器の、高坂に頼むしかないのか。

 高坂ならそろそろ怒りも鎮まって、きっとこのカオスを正してくれる。


 後ろの高坂の様子を見るために、振り返った俺はすぐに前を向いた。

 とんでもなく殺意の高い目をしていた。

 気のせいだと思いたいが、手に日本刀を持っていた。どこから出したんだ。銃刀法違反じゃないのか。まさかそれを使う気じゃないよな。


 頼れる存在のはずの高坂だったのに、完全に危ない人物になっていた。もう手遅れかもしれない。



「まさか婚約者を作る気はないですよね」


「当たり前だ。魅力に気づいたところで、釣り合うと本気で思っているのか。身の程知らずな」


「もう別館から出さずに、学校も通わせない方がいいんじゃないの」



 高坂の変化に戸惑っている間に、今度は不穏な方へと進んでいる。

 別館から出さないって、監禁するのと同じだ。

 でも何も言わなかったら、そのまま決定してしまいそうな勢いがあった。



「ちょっと待ってください」



 それはこの場ではまぎれてしまいそうなぐらい小さな声だったけど、すぐに会話が止まった。

 全員の視線が俺に集まり、そして次の言葉を待つ。



「あの、一度その人達と話をする機会を設けてから、断るのかどうか判断したいのですが……」



 別に婚約者を決めるために、こんな提案をしたわけではない。

 話し合いの場を設ければ、その分交友関係を広げるチャンスになる。

 運が良かったら、他の攻略対象にも会えるかもしれない。


 恋人じゃなく友人を見つけるために、とりあえずのきっかけとして、婚約者の話を利用するのだ。

 そういうわけで提案はしてみたけど、この感じだと反対されて終わりか。

 でも言わないと、俺の考えを伝えられない。言えるようになっただけ、一歩前進したと思おう。



「……本気で言っているのか?」



 父が低い声で尋ねてきた。

 怒っているというよりは、どこか困惑しているような感じがする。



「はい。今日のパーティーだって、俺の友人を作るための目的もあったでしょう。途中で終わってしまって、話せなかった人ばかりで残念でしたから」


「……そうか」



 俺を無理やり連れ出した罪悪感はあるようで、顔を歪めて申し訳なさそうな雰囲気を出す。捨てられた犬のように、耳としっぽが垂れ下がっているイメージが見えた。

 完璧とばかり思っていたが、人間らしいところもある。



「これから大人になる前に、友達をつくりたいんです。駄目、ですか?」



 高坂も三千歌も、年齢が離れている。

 同世代の知り合いが欲しかった。もちろんおかしな天王寺は除外してだ。


 お願いする時は上目遣い。

 現在の俺なら、これが武器になる。

 母に似た顔だから嫌がられると思っていたが、好意的に受け取ってもらえるのだ。



「お父様お願いします」


「父さん!」


「お父様」



 外野に邪魔される前に、俺は父を仕留める。



「……高坂を同席させるのが条件だ」



 絞り出した声に勝利を確信した。




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