第70話 親衛隊との決着
『えーっと。紹介にあがった、五十嵐相です。よろしくお願いします』
自己紹介しなくても、ここにいる人は俺のことを知っているはずだが、一応挨拶しておく。
『ここにいるみんなが、俺のために集まってくれて嬉しいです。百人にまで増えていることを聞いて、とても驚いています。まさかと信じられない気持ちです。俺の親衛隊に入ってくれて、ありがとうございます』
新入生代表の件で親衛隊が結成されたことを考えて、とりあえずはこの猫かぶりキャラで話をする。
隊員の人達や菖蒲はうっとりとした表情で見つめてくるが、イチは視界の隅で笑っているのが分かった。あとで、油断しているところを膝カックンでもしよう。
山梔子は山梔子で、何故か優越感に浸っている。俺と視線が合うと、口角を上げた。彼にとっては、これが最大限の笑顔である。
『親衛隊隊長の菖蒲さんが言っていた通り、俺はみんなに暴力的なことや陰湿なことをしてもらいたくはありません。出来れば、仲良くしたいです』
ここで静かだった場が、少し乱れる。
みんな信じられないと言ったばかりに、近くにいる人と顔を見合わせていた。
『みんなが戸惑うのも無理はありません。俺もこの学園に入ったばかりで、あまり詳しくは無いですが、親衛隊との距離としてはありえないものでしょう』
どんなに好きでも、どんなに奉仕しても、どんなに役に立っても、親衛隊は親衛隊でしかない。個人として見てもらえることなんて、ほとんどゼロに近かった。
幹部レベルになれば近づいたり、話しかけることも出来るが、そこから発展することは無い。完全にちょうどいい駒か、下僕としてしか思われないからだ。
でも俺が、そんな状態を止めると言ったのだから驚いているのだろう。
『学園生活に支障が出ない範囲ということになりますが、集会には出来るだけ参加をしますし、時間をとって一人一人と話もしてみたいです。せっかく俺に好意を抱いてくれて、そして親衛隊として守ってくれたのだから、ちょっとした恩返しとして』
ここで言葉を区切り、そして俺は効果的だろう表情を作った。
最大限にこの容姿の魅力を引き出し、庇護欲を抱かせ、可愛くも綺麗にも格好よくも見える、そんな顔を。
『これからも、よろしくお願いします』
学園に響き渡るのではないかというぐらい、歓声と拍手で溢れた。
俺はステージの上から手を振り、それに応える。
これでなんとか、ここにいる人達は俺についてきてくれるはずだ。
かなり緊張したけど、その分収穫は大きい。
上手くいったことに安堵しながら、イチや菖蒲、山梔子のいるところに戻った。
「とても素晴らしかったです!」
「ありがとうございます。あ、そうだ。菖蒲さんと呼んでもいいですか」
「五十嵐相様に呼んでいただけるのなら、なんでも構いません!」
「それなら、俺のことも様呼びは止めてもらえませんか」
「それは……でも」
「呼び捨ては難しいかもしれませんし、君呼びとか。五十嵐君、じゃ兄達と混ざりますし、親衛隊の方々にはぜひ相君と呼んでもらいたいです」
「そ、そうおっしゃるのなら。ただ僕も含め、呼ぶための練習はさせてください。たぶん慣れるのに、時間がかかると思います」
「はい。ゆっくりとでいいですから」
「……ありがとうございます」
まっさきに話しかけてきた菖蒲だったが、俺とのやり取りで顔を真っ赤にさせて下がってしまった。
その代わりに前に出てきたイチに、俺は顔をしかめた。
「相君。とってもいい話だったよ。これでますます、この親衛隊は相君を盲目的に崇拝するね。それに前代未聞の距離感の近さの噂が広まれば、入隊希望はさらに増えるんじゃないかな」
「そうか」
「えー、なんで俺には冷たいの。相君のために色々と頑張ったのに。褒めてくれてもいいんだよ」
言葉の通り頑張ったのかもしれないけど、自分から褒めろと言われると、なんだか気持ちが冷めるというか、素直に褒められなくなる。
「はいはい。ありがとうありがとう」
「もうちょっと心を込めてよー」
うるさいが、ちゃんとお礼を言ったのだから、もう終わりだ。
それよりも、気になることがある。
「秀平。どうかしたか?」
明らかにムスッとしている山梔子は、すぐに近づいてくるかと思ったが、なかなかこちらに来ない。
「あー。たぶん拗ねているんじゃないの。相君が親衛隊との仲良くすることを宣言したから」
山梔子の代わりにイチが答えてきて、そして二人の視線が交じる。
ひょうひょうとしているイチに対し、山梔子は威嚇をしている。
本当に相性が悪い。
俺は喧嘩に発展する前にと、二人の間に入った。
「あんまり挑発しないでくれるか?」
楽しんでいるのは分かっているので、注意するのはイチの方だ。
「別にまだ悪いことしていないのに、酷いなあ。しくしく」
「わざとらしい泣き方だな。……そういえばずっと気になっていたんだけど、イチは親衛隊でどういう立ち位置なんだ」
「あれ、言ってなかったっけ?」
泣き真似をしていたが、俺の言葉に少し驚いた顔になる。
「俺は、五十嵐相様親衛隊、副隊長だよ」
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