第69話 親衛隊集会




 耳を押さえていても、声を完全にシャットダウンすることは出来なかった。

 こんなに興奮しているということは、もしかして俺が来ることを知らされていなかったのだろうか。そうだとしたら、騒ぎになるのも納得だ。


 俺がまだ耳を押えているだけだから、山梔子は我慢している。でもその表情を見ると、今にも暴れ回りたいようだった。


 ここまでうるさかったら、集会どころじゃない。

 落ち着くまで一体どれぐらいかかるのかとげんなりしていると、イチが一歩前に出た。


 俺からは背中しか見えなくて、何を言ったりしているのかは分からなかった。

 でも段々とざわめきが小さくなり、そして静かになった。


 ゆっくりと押さえていた手を外しても、誰一人として話していない。

 何をやったのか知りたいところだけど、イチと山梔子は教えてくれ無さそうだ。



「五十嵐様、こっちこっち」



 静かな会場の中を、イチに先導してもらって進む。

 そしてステージの上に来た。

 一人一人の顔を確認出来るぐらいの距離で、全員を見渡せる。


 口を閉じてじっとこちらを見ている顔が多くて、ものすごく居心地は悪いが話はしやすい。



「五十嵐相様」


「えーっと、隊長の菖蒲だよな」


「はい、知っていてくれたんですか。嬉しいです」


「隊長だから当たり前だ」



 ステージの上には、菖蒲が待ち構えていた。

 名前を呼ぶと頬を染めて、はにかむように笑う。

 過激な行動をしていたらしいが、全くそうは見えない。


 間近で見ると、ますます可愛い。

 俺より年上じゃなかったら、きっと頭を撫でていた。



「嬉しいです。えっと、親衛隊を公認していただきありがとうございます。それに、今日お越しいただいたのも感謝します」


「あくまで仮だ。それは忘れるなよ。俺も話をしたかったからちょうどいい」



 菖蒲が俺のことを好きなのは本当だと、その言動や伝わってくる熱意から分かった。



「えっと、それじゃあ集会を始めますね」


「頼む」



 頬を染めたまま、この前の集会で見せていた厳しさが無くなった状態で、菖蒲はマイクのスイッチを入れた。



『お集まりいただき、ありがとうございます。本日は五十嵐相様に参加をしていただき、集会を始めようと思います』



 でも口を開いた途端、表情が変わる。

 それはまさに人の上に立つようなオーラで、近くで見ていて感心した。



『今回集まってもらった目的は、この親衛隊の今後について決めることです。僕達は五十嵐相様のおかげで公認の隊になりましたが、あくまでも仮の状態。行い次第では、この隊が無くなる可能性もあります』



 ただ容姿の良さで上の立場になったのではなく、実力を持っている。イチが興味を持ち、そして付き従うのも納得だ。

 だからこそ、もう少し上手く立ち回れたのではないかと考えてしまう。


 こういう形で仮公認になったのは、偶然が重なった結果だ。

 そのどれもが欠けていたら、たぶん俺は手を回して親衛隊を解散させていた。


 でも最初からやり方が違っていれば、もっと早く認めて、信用することが出来たと思う。

 そしてそれを、菖蒲なら分かっていたはずなのだが。



『親衛隊隊員の数は百人になり、一人一人と向き合う時間が無いことも確かです。そのため何が正しいのか、何が間違っているのか、それが分からなくなってしまうこともあるでしょう』



 そこで菖蒲は隊員の顔をゆっくりと見て、最後に俺の顔を見た。



『でも忘れないでください。僕達はなんのために親衛隊になったのか。それはどんな種類であれ、五十嵐相様に好意を抱き、役に立ちたいと思ったからでしょう。僕達が考えるべきなのは、健やかに学園生活を送ってもらうために、一体何をすればいいのか。それだけです』



 俺と視線を合わせたまま、菖蒲は微笑んだ。

 それは好意もあったが、それ以上に慈愛の気持ちが占めている。



『僕達は今日変わります。それは全て、ただ一人のためにです。僕の言葉の意味が理解出来ない人は、どうぞ隊から抜けてもらって構いません。もし同じ気持ちなら、一緒により良いものを作っていきましょう』



 話を終えて頭を下げた途端、われんばかりの拍手が巻き起こった。

 それに対し照れている姿は、もしかしたら俺の理想とするものだったのかもしれない。


 これは俺がいなくても、上手くまとまった気がする。

 後は俺の要望と向こうの希望が、いい形に出来れば終わりか。



『続きまして、皆さんお待ちかねの五十嵐様による挨拶です』


「は?」



 菖蒲からマイクを受け取ったイチが、聞いてないことを言い出した。

 挨拶をするなんて初耳だ。

 俺が呆気に取られていると、悲鳴や叫び声が上がった。

 でもこの盛り上がりの中で、拒否すると空気を壊してしまう。


 なんの嫌がらせだと、気づかれないように息を吐く。

 全く、どうしてそっとしておいてくれないのだろうか。

 俺の周りは愉快犯が多すぎて、迷惑をかけられる。


 また息を吐いて、そしてニヤニヤと笑うイチからマイクを受け取る。

 話を聞き漏らさないためか、段々と声が小さくなって誰も話さなくなった。


 俺は先ほどまで菖蒲がいた位置に進み、そしてマイクのスイッチを入れた。




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