第71話 知らない間に





 イチが親衛隊副隊長だったという、まさかの事実を知って終わりになったが、あれから俺と親衛隊の関係性はいい状態に保っていると自信を持って言える。


 隊員の一人一人と、まだ途中ではあるけど話をしていて、以前のように俺に近づく人間を勝手に排除することは無くなった。

 その件に関しては、菖蒲やイチに感謝された。

 どうやら隊員の勝手な行動は、二人の頭を悩ませていたらしい。


 俺があの時、そういう行動は止めてほしいと訴えたおかげで、きちんと行動をする前に相談するようになったようだ。

 俺としてもこれで友人が作りやすくなると、報告を受けた時に思わずガッツポーズをした。

 イチが馬鹿にしてきたから、諸々の恨みや苛立ちを込めて、膝カックンをしておいた。崩れ落ちる様は、見ていてものすごく胸がスカッとした。

 心配そうにしつつも、菖蒲が一番笑っていたと思う。


 俺と親衛隊の関係性は、やはり特殊だったようで、学園中を噂が駆け巡った。

 普通だったらありえない距離の近さに、入隊希望の人が増えたらしい。

 ただその中にはよからぬことを考える輩もいたので、菖蒲とイチで選別をして入隊させた。


 そう遠くないうちに、最大級の規模になるのではないか。

 三千花が他人事だと思って、嬉しそうに言ってきた。三千花なりに心配しているのは分かるが、もう少し優しくしてもらいたいところだ。



 そういうわけで、親衛隊ともいい関係性を築くことが出来て、今度こそ穏やかな学園生活を過ごせるはずだったのだが。



「久しぶりだね。相君」


「……ああ」



 俺の目の前には、何故か怒っている古城がいた。



 話は十分前にさかのぼる。

 授業が終わり寮に帰るか、親衛隊のところに顔を出すか迷っていた俺に、クラスメイトのうちの一人が話しかけてきた。


 親衛隊の行動が緩くなったおかげで、本当に徐々にではあるが、こういう連絡事項を話しかけてくれる生徒が増えた。

 欲を言えば敬語はやめて欲しいけど、それはまだまだ先のことになりそうだ。

 ちょっと前までだったらありえなかった光景に、一人で感動していると返事のない俺を心配そうに見てくる。



「もしかして、体調でも悪いんですか?」


「い、いや。ちょっとぼーっとしていただけ。それで、俺に何か用?」



 どちらかというと格好いい部類に入る彼は、頬を少し赤くさせながら首の後ろをかく。



「えーっと、伝言を頼まれているんですが、放課後古城先生のところまで来るようにって」



 古城の呼び出し。

 全く理由は分からないが、特に用事もなかったから行くか。



「ありがとう。助かる」


「い、いえいえ。そんな。そ、それじゃあまた明日!」



 ただお礼を言っただけなのに、さらに顔を赤くさせて、そしてそのまま勢いよく走り去ってしまった。

 仲良くするのには、時間が必要だ。

 寂しさを感じたが、今は古城の方に行かなくてはと気持ちを切り替えた。



 そうして来てみたら、今の状態だ。

 部屋の中で待っていた古城は、笑ってはいたが雰囲気は怒りを伝えていた。

 そんなちぐはぐな状態なので、面倒なことになりそうだと逃げようとしたのだが、その前に話しかけられしまったので失敗した。



「こういう風に会うのはいつぶりかな。本当、忘れられていたのかと不安になったぐらいだよ」


「そんな忘れるなんて。まさか」


「でも、僕のところに会いには来てくれなかったよね。今日だって呼び出さなかったら、いつまでも来てくれなかっただろう」



 そうだった。

 大人しくしていたから油断していたけど、一番の危険人物だった。

 イチに似た雰囲気を感じていたけど、格が違う。別にまだ何かをされたわけじゃないのに、息苦しかった。



「悪い。色々と最近は立て込んでいて」


「そうみたいだね。噂はたくさん聞いたよ。相君が人気者で、とても嬉しいよ」



 思ってもないことをいう古城は、いつの間にか距離を詰めていて、俺の頬に手を添えた。

 向こうの方が背が高いせいで、見上げる形になる。


 目が合った。

 その瞳の奥で、何かを訴えられているような気がした。それが何かを知ろうと、目をそらさずにいたら、くつくつと笑われる。



「本当に危機感がないね。何かをされるって思わないのかな」


「古城先生は、俺に酷いことをしないだろ」


「信用してくれているのはありがたいけど、相君は本当の俺のことを知らないよね。それなのに、どうして大丈夫だって言えるのかな」



 本当は大丈夫だなんて、とても言えない。

 でもここで拒絶をすれば、駄目だと冷静な頭が警告した。



「古城先生だから……それだけじゃ駄目か?」



 自分で言っていても、なんの根拠もないと思った。



「はは。僕だから? 面白いことを言うね。何も知らずに、笑えるよ」


「こ、じょう……せんせい?」



 片頬だけを上げて、いつもとは違いニヒルに笑っている。

 これはこれで魅力があるが、命の危機を同時に感じた。



「君はどこまで、許してくれるのかな? どうしたら嫌いになる?」



 顔が近づいてくる。

 ここの答えを間違えたら駄目だ。


 俺は深く考える暇もなく、なんの準備もしないまま口を開いた。



「……き、らいになんかなれない。そうしたら、俺に興味が無くなるんだろ……」





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