第46話 その思い
桜小路のことは予想外だったが、悪い方向へといっているわけではない。
というわけで、今日はお茶会はせずに休むことにした。
休むといっても、ただ怠けるだけじゃない。
高坂に用意してもらったタブレットで、連絡先を交換した人達と交流を深めるつもりである。
この世界でもSNSが発展しているおかげで、家族に内容を知られることなく意思の疎通が出来る。
今日は親友である三千歌と、主にやり取りをするつもりだ。
『大変。バレた』
『バレたって何が? 誰に?』
『俺が実際は五十嵐相ではないってこと。桜小路って知っている?』
『知っているに決まっているじゃない。私が働く予定で、あなたが通う学園の一族の一人でしょ』
『そう。その桜小路津由にバレた』
『桜小路津由。あなたより一つ下の、ぽやぽやした子よね。どうしてバレたの。何やらかしたのよ』
『やらかしたっていうか……なんか不思議な力で、俺の元の姿を見られたみたいらしい』
『何そのあいまいな話。不思議な力って馬鹿にしているの?』
『俺だってよく分からないんだ。でも桜小路の視界では、俺の姿が元の俺として映っているって言っていた』
『そんなことありえるの?』
『信じられないけど、桜小路の話は信じる以外にない』
『本当に不思議な話ね。バレて大丈夫なの?』
『悪用するタイプじゃないし、大丈夫だと思う。それよりも山梔子秀平について、なにか情報はあるか?』
『だいぶ話が飛んだわね。山梔子秀平は知っているわ。お兄さんである優平とは同級生よ』
『そんな偶然ありえるのか』
『ここはゲームの世界だから、まとめられたんじゃないの。その方が楽でしょ』
なるほど。そういう考え方もあるのか。
主要キャラの近い年齢が多いのは知っていたが、脇キャラや名前も出てこないようなキャラでも同じことが言えるようだ。
『優平さんっていうのか。三千歌から見て、どういう人だった?』
『妬む気力がわかないぐらい優秀だったわ。でもそれを鼻にかけることもなく、性格まで完璧。弟がいるのは聞いていたけど、コンプレックスやプレッシャーはあったでしょうね』
そんなに完璧な人だったら、一度見てみたい。
それにしてもすぐ近くに優秀な人がいたら、卑屈になって当たり前だ。
兄弟の関係も気になるところである。
大方兄の方はなんとも思っていなくて、弟だけが一人で負の感情に苛まれているのだろう。
そして二人の周りにいる人間が、勝手に色々と言ってくる。
『まさか山梔子の弟にまで手を出したの?』
『手を出すなんて人聞きが悪いな。友達になろうとしているだけで、あまりにも闇が深かったから気になったんだ』
『あら。やっぱり押しつぶされそうになっているのね。優秀な身内がいるのも考えものね』
『これから徐々に仲良くなって、少しでも気持ちを軽く出来ればいいかな』
『そう。相なら出来るかもね。何かあったら助けるから、ちゃんと相談しなさいよ』
『ありがとう。それじゃあまた』
三千歌とのやり取りが終わり、俺は一度休憩しようと高坂にはお茶を用意してもらおうとした。
でも俺が口を開く前に、扉が開く。
まさかテレパシーが使えるようになったのかと感動しかけたが、入ってきたのは高坂ではなかった。
「暁二お兄様?」
一人で入ってきた次男は、俺を見ると顔をしかめた。
どうしてここにいるんだという表情を浮かべているけど、俺の部屋だからいるのは当然だ。
「何をしていた」
「えっと、休んでいただけです」
タブレットを脇に隠しながら、俺は本当のことを言わずにごまかす。
敵情視察だったら困るが、何をしに来たのだろうか。次男の動きを見ていると、眉間にしわを寄せて近づいてきた。
そして俺の座っていたソファの、向かい側に音を立てて腰を下ろした。
「高坂に、お茶を淹れてもら」
「いい。呼ぶな」
二人きりの空間に耐えきれず、高坂を呼ぼうとしたのだが止められてしまった。
一体何をしに来たのか。
さりげなさを装って様子を見ていると、次男が睨みつけてくる。
「まだ、くだらないお茶会を続けるつもりなのか」
「くだらない。俺はそう思っていません。むしろ新たな出会いがありますから、続けていくつもりですが」
「今すぐ止めろ。新たな出会いなんて必要ない」
切り捨てるようにして言うと、テーブルに紙の束を置いた。
「何を渡せば、ここでずっと大人しくしている?」
その紙の正体は無人島やリゾート地、アミューズメントパーク、図書館などの売買契約書だった。
俺が欲しいと言えば、今すぐにでも買ってくれるのか。
そしてその代わりに、一生この別館で過ごせと言っている。
「お前が望むものなら、なんでも与えてやる。だからここでずっと、俺達としか会わずにいろ」
「俺が恥ずかしい存在だからですか?」
「そういうわけじゃない。ただ……」
ただ、なんだというのだ。
それ以外に、他に理由なんてない。
そのまま黙り込んでしまった次男は、唇を強く噛みしめていたが、とても小さな声で言った。
「俺達を捨てる気か?」
前にもそんなことを聞かれた気がする。
「先に捨てられなければ、俺だって大事にしたかったです。これはいりません。欲しいものは、自分で用意しますから」
次男は何も言わずに出て行った。
テーブルに残された紙の束に、俺は物悲しさを感じた。
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