第81話 高坂と権守と





「俺は、誰と一緒にいたいんだろうな」



 イチの言われてから、ずっと考えるようになっていた。

 もしも、本当にもしもこの世界にずっと留まり続けることになった時に、俺は誰と何をしたいのだろう。全く考えていなかった。



「相お坊ちゃま、お何か悩みですか?」



 ため息ばかり吐いているせいか、高坂に心配されてしまった。



「将来について考えていた」


「将来ですか……それは、もしかして、結婚でしょうか?」


「結婚!?」



 どうしてそうなった。

 結婚なんて全く考えていなかったから、驚いて変な声を出してしまった。



「いやいや、どうして結婚なんて話になったんだ」


「誰と一緒にいたいのかと、おっしゃっておりましたので……そういうことかと思いまして」


「違う違う!」



 まるでこの世の終わりとばかりの表情を浮かべているから、慌てて否定をする。

 それでも納得いっていないから、きちんと目を合わせた。



「結婚とかはまだ考えていない。するかどうかも分からないからな」


「私は……相お坊ちゃまのそばにいられるのであれば、どんな選択も応援致します。相お坊ちゃまの幸せが第一ですから」


「高坂……後ろの権守は納得いってないみたいだけど」


「お、俺は、俺より強い男じゃなければ、お坊ちゃまを任せられません!」


「それならお前よりも強い人が現れたら認めるのか?」


「それは……嫌、です」


「結局認められないわけだ。でもこれはお前が口出しすることじゃない」


「しかし」


「大丈夫だから。今のところ結婚をするつもりはないから」



 そこまで俺の結婚を気にするなんて。二人とも顔が怖くて、もう一度はっきりと結婚する気は無いことを伝えた。



「俺も一生、お傍に仕えさせてください」


「大げさだなあ


「お坊ちゃまは、ちゃんと言葉にしておかないと勘違いしそうなので念の為です」


「分かった分かった。どういう道に進むことになったとしても、俺からは離れない」


「絶対ですからね」


「はいはい」



 俺としては口約束で終わらせるつもりだった。契約で縛るのは、何かがあった時に障害になると思ったのに。


 いつから用意していたのか、高坂が懐から契約者を取り出してきた。

 書面には無期限の雇用契約について書かれていて、その内容からすると随分前から準備しておいたようだった。



「ここにサインをいただければいいので」



 まるで悪徳業者のような素早さだったが、内容は納得出来るものだったのでサインをした。

 目に見える形で縛り付けるつもりは無かったのに、二人が嬉しそうな表情を浮かべているのを見たら我慢出来なくなった。



「高坂、権守、手を出してくれ」



 なんの迷いもなく手を出され、警戒心は無いのかと心配になった。

 期待するように待っているので、何をされるのか知っているのかもしれない。



「嫌だったら別にいいが、良かったら付けてくれると嬉しい」



 言葉で緊張を隠しながら、差し出された手の上に、それぞれネクタイピンをのせた。

 前に首輪でも渡そうか考えていて、さすがにそれは世間の目が厳しいと考え直した。


 それなら、普段使い出来るものにすれば喜んでくれるはず。

 というわけで、ネクタイピンを贈ることにした。


 ブラックダイヤモンドを埋め込んでもらったしれは、独占欲の証でもあった。

 俺の髪や瞳の色だということは、すぐに気がついたみたいだ。



「相お坊ちゃま……」


「お、俺なんかにもこんな凄いものを……ありがとうございます!」



 喜んでもらえて本当に良かった。



「俺専属の執事と護衛という証だ。出来る限りでいいから付けて欲しい」


「当然です」


「本当は家宝にしたいですけど、毎日つけさせていただきます」



 手を上げたり下げたり、左右から見たり、こちらが恥ずかしくなるぐらいに喜んでいる。


 もっと早く渡すべきだったか。

 完成したのは少し前で、それから今日までずっと渡すタイミングを窺っていた。

 喜んでくれなかったらどうしようか、とか不安になっていたのだ。


 そんな俺の心配を吹き飛ばすように、いそいそと今つけているのを外して、プレゼントしたネクタイピンにかえた。



「……とても似合っている」



 お世辞ではなく、本当によく似合っていた。

 黒ならどんなものでも合う。この色にして正解だった。



「今日は人生で最高の日です」


「私も同感です」



 仕事にならないぐらいに緩みきった顔をしているな。

 そして俺の考え通り、一日中ネクタイピンを見ては笑う二人がいたるところで目撃された。


 目立つ光景だったせいで、知り合いには俺がプレゼントしたことまでバレてしまい、ズルいという大合唱が巻き起こった。

 色々な人を巻き込み、収集のつかない結果となってしまったので、俺はみんなにプレゼントを買うことを約束させられた。


 ネクタイピンだってプレゼントするのも大変だったのに、みんなにそれぞれ合ったプレゼントを考えるのなんて、もはや苦行じゃないか。

 それでも喜ぶ姿を想像すれば断れなかったのだから、みんなに思っている以上に気を許しているのかもしれない。


 高坂と権守だけは最後まで渋っていたけど、元はと言えば二人が原因だから文句を言われる筋合いはなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る