第82話 学園長との初対面






「学園長が呼んでいる? どうして?」



 自室でくつろいでいる時に、焦った権守が扉を開けながら、学園長が俺を呼んでいると報告した。


 学園長なんて、入学式の時に遠くから見たきりだ。

 そんな人が急になんの用だろうか。

 もしかして息子の件で、何か言いたかったり聞きたかったりすることでもあるのかもしれない。



「今から行った方がいいのか?」


「来られるのであれば、とのことです」


「それじゃあ行くか」



 呼ばれたのだから、今行こう。

 行動力の塊になった俺は、すぐに会う準備を始めた。

 いいことでも悪いことでも、後回しにするのは気持ち悪い。


 さっさと話を聞いて、もやもやをすっきりとさせよう。



「高坂と権守、どっちがついてくる?」



 さすがに二人を引き連れていくのは、物々しい。

 学園長に会いにいくだけだから、どちらが来ても不足はないだろう。



「そうですね。今回は任せましょうか」


「珍しいな」



 そうは言ったけど、高坂が着いてくるものだと勝手に思っていた。

 でも高坂から言ってくるなんて、珍しいこともあるものだ。



「権守なら任せられると思っただけです。抜かりなくやるんだぞ」


「……かしこまりました。お望み通りに」


「そういうことなら、よろしく頼む」



 高坂も認め始めているというのが分かって、俺と隠してはいるが権守も喜んでいる。



「それじゃあ行こう。待たせすぎるのも良くない」


「はい。お供致します」



 明らかに機嫌のいい権守を連れて、俺達は高坂に見送られながら部屋を出た。

 高坂も何か用事がある、気づいていたがそのことにはあえて触れなかった。






「どんな用事なのか、学園長は言ってなかったのか?」


「俺のところに来たのは、秘書を名乗る人で、用件は来てから話すと言われたんです」


「そうか。極秘にしたいってことだな」


「もっと探っておけば良かったですよね」


「いや。たぶん教えてくれなかったから、時間を無駄にせずに済んだ。そう落ち込まなくていい」



 権守は、まだそういう腹の探り合いは出来ないから、早めに切り上げて良かった。


 学園長、桜小路さくらこうじ雪乃心ゆきのしん

 春なんだか冬なんだか分からない、普通の人だったら持て余しそうな仰々しい名前に見合う風格を持っている。

 もちろん桜小路津由の親で、見た目の方は正反対だ。


 髪と瞳の色はさらに濃いピンク。

 でも可愛いとは冗談でも言えないぐらい、大人の魅力に溢れた紳士といった感じらしい。

 俺は近くで見たことがないから、教えてもらった。


 こんな学園を切り盛りしているぐらいなので、隙がなく胸のうちを明かさない腹黒な性格。

 価値が無いと判断した者に対しては、慈悲など見せることなく容赦なく切り捨てるとの話だ。



 そんな人物が、俺に用事があるという。

 嫌な方向にしか考えられないのは、仕方の無いことだ。



「まあ、特になにかした覚えはないし、退学させられたりはしないだろうけど」


「もしそんなことがありましたら、この学園に血の雨が降るでしょう」


「すぐに暴力に持っていく癖を直そうな。そんなことしたら退学どころか、逮捕される」


「癪ですが五十嵐家の力を持ってすれば、隠蔽することもたやすいはずです」


「家の力を使う気は無いから、そんな人に言えないような裏話はいらない。高坂もたまに言うけど、それってただの冗談だよな? さすがに実際に隠蔽したこととかは無いんだよな?」


「……着きましたね」



 話を完全にそらされた。

 まさか本当にやったことがあるのか、そんな疑惑が残ったまま、俺は学園長室に入るはめになった。



「突然呼び出してすまなかったね」


「いえ。こちらこそ少し遅れてしまい、申し訳ありませんでした」


「遅れてないから謝罪の必要は無いよ。落ち着いて話をしたいから、そこに座ってくれないかな」



 入った部屋の奥にある、大きな机の所に学園長は座っていた。

 その脇には秘書だろうが控えていて、彼が権守に伝言した人かと予想してみる。


 扉の前で待っていれば、部屋の真ん中辺りにあるソファに座るように勧められる。

 すぐに終わるとも思っていなかったけど、長い話になりそうだ。そうなると話の内容が気になってくる。


 俺がソファに座ると、すぐに学園長も向かい側に座る。

 ニコニコと口元には笑みを浮かべているが、全く隙を感じられない。



「えっと、俺に用事があると聞いたんですが……どういう話なのでしょうか?」



 無駄に遠回りな会話は面倒くさいから、さっそく本題に入った。



「そうだよね。急だったから、そこは気になるよね。でも申し訳ないけど、重要な話じゃなかったんだ。世間話みたいなものだと思ってくれていいよ」


「世間話って……どういう話ですか?」


「とりあえず、緊張しているみたいだから、温かいものでも飲んで落ち着こうか。紅茶でいいかな?」


「いえ。お気遣いなく」



 いらないという意志を表示したのに、学園長は秘書に頼んで紅茶の準備をさせてしまった。

 重要な話じゃないと言っておきながら、俺を長居させる気満々だ。

 こんな短時間に逃げ場を奪われて、その流れるぐらいの早さに手際がいいと拍手したくなった。


 世間話の方が嫌だと思いつつ、俺は学園長に向けて作り笑いをした。





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