第44話 のんびり屋さん
それから約束の時間よりも、二時間以上経ってから待ち人が来た。
「遅れてごめーん。ちょっと道に迷っててー」
「送ってもらったんですよね?」
「んーん。いい風が吹いていたから、歩いてきたんだー」
「……そうですか。えっと、お家の方に無事に着いたと連絡しておきますね」
歩いてきたのなら、遅れたのも仕方がない。
どこを通ってきたのかは分からないけど一人で来たようなので、高坂に今頃探し回っているだろう人達に連絡をとってもらう。
「ありがとうー。あー、いっぱい歩いたからお腹空いた」
「軽食を用意してもらったので、どうぞ食べてください」
「うわー。美味しそうだー」
お腹を空かせている可能性があるから、作ってもらっておいて正解だった。
こぼしたら大変なので、サンドイッチなどの食べやすいものにしてある。
俺のことには目もくれず、まっさきに食べ物が並べられたテーブルのところに行く姿は、見た目や年齢以上に幼く映った。
「美味しいねー」
許可が出る前に勝手に食べるなんて、普通だったらマナーがなっていないと思われる。
でも不思議と、それを許してしまう空気感があった。
彼の名前は
ピンク色のぴょんぴょんとはねた髪に、たれた瞳の色もピンク。
まるで妖精と間違えてしまいそうな、そんな容姿をしている。
桜小路は攻略対象ではなく、主人公の友人として出てくる。
それでも何故、このタイミングで会う機会を作ったのかというと、彼の立場が関係している。
ゲームの舞台である学園の名前は、桜小路学園という。
つまりは桜小路は、学園長の息子なのだ。
利用するという言葉は良くないが、仲良くなって損は無いだろうという打算的な考えがあった。
でも実際に桜小路を目の前にして、なんだか毒気のようなものが抜けるような感じがした。
美味しいと言いながらサンドイッチを頬張る姿は、庇護欲を誘われる。それと同時に縛ってはいけないという気持ちも湧いてくる。
俺の損得で面倒なことに巻き込むより、このまま自由に生きてほしい。
味方に出来れば心強かったけど、桜小路に関しては諦めよう。
名目上に過ぎなかったパーティーのお詫びという形に切り替えて、俺は未だに食べ続けている彼に近づいた。
「気に入ったものがあれば、帰りに包ませます」
「むぐっ。本当? 君はいい人だねー」
たったそれだけのことでいい人判定されるのは、彼にとって食欲は重要である証拠だ。
見ているだけで、こちらも幸せになるような食べっぷり。
ここにシェフがいれば、嬉しすぎて涙を流していただろう。
用意した食事は二人分だったが、全て桜小路に食べてもらう。
その姿を眺めながら、久しぶりに肩の力が抜ける。
知り合いという関係すらも築いていないのにも関わらず、彼と一緒にいると落ち着いた。
こんな弟がいれば、本来の俺も救われたのだろうか。
ありもしない幻想を見ながら、用意したものが全て無くなるのを待った。
「お茶も美味しいねー。満足満足」
「それは良かったです。後でお土産も用意しますね」
決して下品に見えないスピードで食べていたので、もうすぐで一時間が経とうとしている。
中身のある会話は出来なかったが、桜小路を招いて本当に良かった。
「色々とありがとうー。そういえば、僕この前プレゼントを渡すのを忘れていたんだったー」
言われてみれば確かに、プレゼントの山の中に桜小路のものは無かった。
気まぐれな性格だから仕方ないと思ったが、まさか持ってきてくれているとは。
子供の成長を見たような気分で感動をしている中、握った手を差し出された。
その小さな手の中に、一体何が入っているのだろう。
ドキドキと期待しながら手のひらを出すと、いきなり掴まれた。
「!? どうしましたか?」
少し痛いぐらいの力の強さに、俺は手を引こうとするが動かない。
「んー。やっぱりそうかー」
「やっぱり?」
手のひらをぐにぐにと強く揉まれ、痛みに顔をしかめる。
でもそんな俺を気にかけることなく、桜小路は納得したように呟いた。
「ねー。君って誰なのー?」
「っ」
油断していたせいで、完全に態度に出てしまった。
でもすぐに取り繕い、なんてことないように笑う。
「何言っているんですか。俺は五十嵐相ですよ」
第三者から見れば、おかしなことを言っているのは桜小路だから、俺は強気に行く。
それに遠くには高坂がいる。
俺が俺でないことを、ここで認めるわけにはいかなかった。
「外見はそうだけど、中が違うよねー」
そんな俺のごまかしは通用しなくて、桜小路は根拠があって違うと言ってきた。
これは俺が負けると、彼の腕を逆に掴んで引き寄せる。
「その話は、他の人に聞かれたくないです。だから筆談でもいいですか?」
「いいよー」
俺は高坂を呼んで、メモ帳ぐらいの紙とペンを持ってきてもらった。
それに文字を書き込み、桜小路に差し出す。
高坂が元の位置まで戻ったのを確認してからだ。
『どうして俺が違うと思ったんですか?』
書かれた文字を見て、彼はふっと軽く笑った。
そして何かを書き込み、今度は差し出してくる。
『どこからどう見ても、前と中身が変わっているからだよ』
全く説明されていないが、俺は思わず息を飲んだ。
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