第65話 変人と






「どーも。五十嵐様」



 やっぱりフラグが立っていたみたいだ。

 口元だけだが不気味に笑う姿を見て、とりあえず逃げ道を探してみた。



「あれ、俺のこと見えていますよね。声も聞こえているはずなのに、どうして無視されているんだろう」



 ブツブツ話している姿も不気味で、隙があれば逃げたい。でも隙がないから出来なかった。



「あなたは誰ですか」



 知っているけど、変装していない姿でははじめましてだから、初めて会ったふりをする。



「あ、そっか。自己紹介がまだでした。俺の名前は……ま、イチとでも呼んでください」



 絶対に偽名だ。

 本名を名乗る気は無さそうだ。



「何の用ですか。俺は忙しいので」



 巻き込まれたくないから、さっさとこの場から退散しようとする。知らない人と会って、こういう反応をするのはおかしなことではない。



「ちょ、ちょっと、どこに行こうとしているの。絶対に逃げようとしているよね」


「不審者にあったら、そうするように教えられているので」


「俺は不審者じゃないって」



 どう見ても不審者だ。

 それに、この前のこともあるから油断出来ない。

 俺は訝しげな表情をしたまま、首を傾げた。



「イチさんと言いましたね。一体俺に何の用ですか?」


「本当に分からない?」


「はい、分かりませんね」


「あれ、おかしいな」



 本題に入って、さっさと解放してほしい。

 狙っているのか、あまり人の通らないところで声をかけられたせいで、誰かの助けを望めそうにない。

 他の親衛隊隊員は一体何をしているのだろう。

 不可侵条約とかは結ばれていないのか。


 ますます得体の知れない存在になってきた。



「何をしに来たのか、五十嵐様は絶対に分かっているはずだよ」



 口だけを三日月にして、俺を見てくる。それは何もかもを見透かしているような、そんな気がした。



「俺達、本当に初めて会ったのかな?」



 ごまかしが聞かない。

 どうしてだか知らないが、あの日隣にいたのが俺だと気づかれているらしい。

 それなら、ここに来た理由は一つか。



「……親衛隊を認可しろと、頼みにでも来たわけか」



 正体を知った時に、偵察に来たと分かったはずだ。そしてそれをチャンスだと考えて、交渉に来た。

 思っていたよりも、大物なのか。


 今日もこの前と同じ格好をしていて、確かに髪はカツラのようだ。俺の視界の状態は知らないだろうけど、そのせいでゲームで名前が出るかもしれないキャラだと分からなかった。


 よし、はぎとろう。

 普段だったら絶対にそんなことは思わない。

 でも俺は疲れていたのだ。そしてイチという男に、遠慮は必要ないと本能で察した。



「やっぱり、あの時来ていたっ!?」



 勢いよく頭をわしづかみにして、そのカツラと見えているのか不明な眼鏡を勢いよくとった。

 相手に気取られることなく、そして素早い動きでやったので、上手くはぎとれた。



 カツラと分厚い眼鏡の下から出てきたのは、想像通りの美形だった。

 サラサラの青い髪に、青い瞳、格好いいと綺麗を混ぜたような容姿をしている。


 絶対に隠すようなものじゃない。いやむしろ人気が出る煩わしさを軽減するために、わざと隠していたのだろうか。もしかしたら、それでトラブルがあった可能性もある

 ありえそうな話だ。



「うわあ、何するんだよ。これつけるの大変なのに」


「悪い。どういうものか気になって。そうしたら、とれた」


「とれたって、言い方軽すぎない?」



 だって、それ以外に言葉が見つからない。

 やっておいてなんだけど、本当にとれたことに驚いている。



「まあ、別に五十嵐様に隠していたわけじゃないから、別にいいんだけどさ」


「やっぱり、なにか嫌なことでもあって、わざと隠しているのか」


「いや、ただ単に面白いから」



 なんだこいつ。やっぱり変な奴だ。

 呆れてものも言えない。



「それにしても驚いた。まさか五十嵐様本人が、集会に来てくれるなんて。やっと興味が湧いてくれた感じ?」


「そうだと言ったら」


「とてもいいね。あーちゃんも喜ぶよ」



 あーちゃんというのは、菖蒲のことだろう。

 そういう風に呼ぶぐらいには、仲がいいみたいだ。ますますどういう人間なのか分からなくなる。



「興味は湧いたが、それはいい方向にじゃない。お前達の好きにはさせられなくなったな」


「好きにさせられなくなったって、一体何を言っている?」


「言葉通りの意味だ。俺は親衛隊を認めない。勝手な行為をこれからもするつもりなら、俺はお前達を潰す」



 これは脅しじゃなかった。

 実害を受けているのだから、俺が自身の親衛隊を潰したとしても不思議じゃない。

 人手があるのは嬉しいが、俺の思い通りにならないのであれば、それは邪魔な存在だ。


 睨みつけて宣言する俺に対して、笑いを引っ込めたイチがこちらをじっと見つめていた。



「潰す、かあ」



 ヘラヘラしていた時も妙な怖さがあったが、今もプレッシャーのようなものが体をまとわりついている。

 こいつは本当に何者なんだ。



「潰すっていうことは、俺達を敵に回すって意味だよね。はは、いいの?」



 無表情のまま声だけは楽しそうで、こちらに近づいてくる。

 逃げた方がいいのに、体は動かない。

 手が伸びてくる。


 それでも俺は動けなかった。





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