第66話 俺の親衛隊






「なーんてね」


「は?」



 パッと手を上げたイチには、つい一瞬前までの不穏な感じが消えていた。



「ごめんごめん。ちょっとやりすぎた。興奮すると駄目だね。突っ走るなってあーちゃんにも、よく怒られているのに失敗した」



 突然変わったせいで、俺は未だに恐怖から抜け出せていなかった。

 でも向こうは先ほどのことが無かったとばかりに、普通の態度になっている。

 その急な態度の変化にも、気持ち悪さしかなかった。


 まだ警戒は解けない。

 後ろに下がっていると、眉を下げて悲しげな表情をされる。

 顔が見えるようになったせいか、それとも整っているせいか、罪悪感を抱かせられる。わざとしている可能性もあるが、そうだとしたら古城と同じぐらいには危険人物になる。



「あらら。嫌われちゃったかな。本当にごめん。ただ、少し五十嵐様がどういう人なのか気になっただけなんだ。怖がらせるつもりはなかったんだ、本当だよ」


「もしそれが本当だとしたら、どう考えても不器用すぎる」


「楽しんでいなかったとは言わないけど、仲違いをする気はなかった。信じてもらえないのなら、もらえるまで謝るから」


「別にいい。……それで、実際は何をしたくて俺の前に現れたんだ?」



 とりあえず対立は避けられたとしても、ここに来た理由が分からなければ警戒しなくてはいけない。



「うーん。今言っても、聞いてくれる可能性がとてつもなく低いんだよね。自業自得かもしれないけど、あーちゃんに怒られるのは嫌だな」


「親衛隊としての頼みごとか、それならとりあえず言ってみて、その内容によってはきちんと考える」


「ありがとう。そう言ってくれると、すごく助かるよ」



 こちらに利益のある話なら、いくらイチに苦手意識を持っていたとしても叶えるべきだ。

 でも、そうじゃなかった場合は、先ほどの話を実行するかもしれない。


 そんなことを考えているとは知らない彼は、恭しくその場で片膝をついた。



「なんの真似だ」



 誰もいないからまだいいとしても、傍から見れば俺が悪者にとられそうな光景だ。



「いえ。頼みごとをするので、礼儀は必要かと思って。五十嵐様」



 胸に手を当て頭を下げる。

 その姿は忠誠を誓う騎士のようにも見えた。



「どうか。五十嵐様親衛隊を公認してください。そうすれば俺達は、あなたの手となり足となり、この身を捧げます」



 予想の範囲にあった内容だった。

 驚きはしなかったが、すぐに認められもしなかった。



「今までの行いを振り返ってみて、俺が許可すると本当に思っているのか?」


「今までの行い? あれは全部、五十嵐様のためを思ってだよ」


「俺のため……いいや違う。俺を使って、自分達の憂さ晴らしをしているだけだ」



 そこを直せないのであれば、絶対に親衛隊を公認できない。



「本当に俺に好意を持っているなら、もっと考えて行動するべきだな」


「そうだね。まあ、あーちゃんが暴走していることは間違い無いよ。ただ、完全に悪いと決めつけるのは待って欲しいかな」


「いいだろう。どういう言い訳をするのか聞く」


「確かに俺達は五十嵐様を監視して、近づこうとする人間を排除してきた。でもその人達が、五十嵐様に対して何をしようとしていたのか分かる?」


「純粋に話しかけようとしていただけじゃ」


「五十嵐様って、警戒心があるんだかないんだか分からないね。みんながみんな純粋な憧れだけで近づかない。俺達が排除してきた人間は、多少なりとも五十嵐様に害をなそうとしていた」


「害を?」


「あなたは自分で思っている以上に、色々な意味で人気があるからね。複数人に襲われそうになったり、薬を使われそうになったり、既成事実を作られそうになったり、ストーカーもたくさん出た」


「なんだそれ。……全然知らなかった」


「そりゃそうだよ。五十嵐様に近づく前に、きちんと処理していたんだから。でもまあその段階で、相手がしつこい場合は話し合いで済まさなかったこともあるけど。俺達は、あなたを守るためだけに存在している。誰かを使って調べてもらえれば、言っていることが嘘じゃないと分かるはず」



 ここまで自信満々に言っているのだから、頭がおかしかったり愉快犯じゃない限りは、本当のことの可能性が出てきた。

 それにしても、俺がそういう目的で狙われていたなんて初耳だった。


 この容姿だから親衛隊も出来たし、好意を持たれるのは当たり前だと、自意識過剰ではなく事実として理解していた。

 でもまさか、そこに欲が含まれていたなんて。



「ショックなのは分かる。まだ信じられないだろうけど、これが真実だよ。今までは、見返りは求めずに行動していた。でもこうして頼みに来たのは、人数が増えていくにつれて何も恩恵がもらえないと分かると暴走する人がいるかもしれないから」



 それは一理ある。

 いくら俺が好きで奉仕してきても、やりがいがなければ人は動かなくなる。

 そしてやりがいを与えられるのは、この俺だけだった。



「公認してくれるだけでも違う。大々的に行動も出来るし、存在を認知されていると示してもらえれば隊のモチベーションが上がるはずだから。俺のことは気に食わないとしても、それを抜きで考えて欲しい」



 イチは頭を下げたままだ。

 飄々としていて掴みどころのない変な人だと思っていたけど、俺が考えているよりは悪い人ではない、と信じたい。


 後頭部を見下ろしながら、俺は小さく息を吐いた。穏やかな学園生活から、どんどんと遠ざかっている気配を感じて。






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