第67話 懐かれる





「それで、結局公認にしたの?」


「あくまでも仮でな」


「同じようなものでしょ。いくら仮と言ったって、認めたことに変わりはないんだから」


「確かにそうかもな」


「そうかもなって、自分の状況とか立場とか、本当に分かっているの?」



 三千花が心配しているほどは、分かっていないのかもしれない。

 言ったら怒られそうだが、危機感もほとんどない。



「そのうち、不審者に普通についていきそうで怖いね」


「さすがにそのぐらいの分別はある」


「どうかしら。だって、今回のそのイチって生徒のこと、最後にはほとんど気を許してたんじゃないの」


「本当のことを言っていると思ったから」


「不審者や犯罪者だって、全員が全員嘘をついてるわけじゃないでしょ。とにかく怪しい人にはついていかないこと。いい?」



 三千花にとって俺は、幼稚園か小学生にでも見えているのか。

 筋トレもしていて、暇な時には高坂から格闘技と護身術も習っている。

 まだ高坂には勝てたことはないけど、そこら辺のチンピラぐらいにだったら数秒もかからないで倒せる。



「まだ分かっていないみたいだけど、あなたって懐に入れた人に対しては甘いのよ。そんなことをしていると、いつか痛い目を見るわと言いたいところよ。でも何かあってからじゃ遅いでしょ。私は心配しているの。それは分かってちょうだい」


「……悪い」


「後から話を聞かされるのって、ものすごく自分が不甲斐なく感じるから」



 怒られるよりも、そういう風に情に訴えられる方が辛い。

 俺が考えているよりも心配してくれているみたいだけど、実はまだ言っていない話がある。



「あのさ。そのイチについてなんだけど」


「まだ何かあるの」


「えっと、その……なんか懐かれた?」


「はあ?」



 顔が怖い。まるで鬼の仮面をかぶっているみたいだ。

 完全に怒っていて、俺は言い訳をするように説明をする。



「い、いや、あのな。仮公認したって周囲に分からせるために、親衛隊としばらくの間一緒に行動することにしたんだ。誰とっていうので、イチが立候補したみたいで……」


「それじゃあ、一緒に行動しているってわけ」


「……そうです」


「ばっかじゃないの。危機感ゼロじゃないの。どうしてそうも、トラブルに自分から巻き込まれようとしているのかしら。私には全く理解出来ないわ」


「悪い」


「謝れば済む問題じゃないでしょ。それで、懐かれたって大丈夫なの。気を許せるような相手じゃないのに」


「イラつくことは何度かあったけど、そんなに悪い奴じゃないみたいだから」


「完全に絆されているじゃない!」



 とうとう怒られた。

 怒られるだろうと思っていたけど、その度合いが大きい。


 俺は目線を下げながら、さらに怒られるだろう事実を話す。



「実はこの後、一緒に親衛隊の集会に参加するんだけど」


「……どうしてそんな大事なことを、早く言わないのかしら。怒らせようとしているのなら、上手くいっているわよ」


 そうは言っているが、怒りを通り越して呆れている。

 急遽決まった話で、俺も今日の朝に参加するのを知ったのだ。



「集会って何をするの」


「とりあえず俺と隊員の顔合わせと、隊長、幹部達と一緒に、隊のルールを決める予定だ」


「そう。誰かと一緒に行くでしょうね。まさか」


「……そのまさかなの、全く」



 これは俺が悪い。

 さらに視線を下にずらせば、息を吐く音が聞こえてくる。



「私はこの立場だから一緒に行けないわ。執事の人と行けばいいとか思っているなら、それは完全に間違いよ。この学園をまだ通うつもりなら、別の人と一緒に行きなさい」



 高坂についていってもらおう。

 そんな俺の考えは簡単に見透かされて、駄目だと釘をさされる。

 三千花も駄目だと言われたら、他に誰がいると言うのか。



「あなたの交友関係も考えると……西寺君か、山梔子君が適任かしら」



 候補まで出してくれるなんて、本当に俺を子供だと思っていそうだ。

 でも、この状況を考えると何も文句は言えない。



「西寺は部活があるだろうし、山梔子は今風紀委員だから、そっちのことで手一杯のような……」


「あら、いいじゃない。風紀委員。それは利用出来るわよ。山梔子君についていってもらいなさい」



 悪い表情を浮かべた三千花は、内緒話のように声を潜めた。



「いい。とりあえず、こう言うのよ……」



 大人としての経験の差なのかもしれないが、その作戦は俺だったら考えつかないようなものだった。


 これなら、誰にも文句を言われずに山梔子が同行出来そうだ。

 俺も同じような悪い顔に、いつの間にかなっていた。







「ごめんな。急に付き合わせて」


「いや。全く問題ない」



 三千花の作戦はこうだ。

 親衛隊の集会に行くということと、今までの親衛隊の評判から、風紀委員に護衛をしてもらうという口実で山梔子を呼び出す。


 あくまで仕事だから、山梔子がサボっていると怒られない。

 あとは急な呼び出しを許可されるかが心配だったけど、五十嵐家ということもあり、すんなりといけた。

 こういう時は、この家に生まれたことを感謝する。


 ただ一つ、思いもよらなかった問題があるとすれば……



「それで全員捕まえればいいんだよな」


「全然良くない」



 何故か山梔子が敵意満々なことだけだ。





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