第130話 穏やかな生活……
「別にいいよー」
「えっ? いいのか?」
まさかのあっさり了承だった。
「親衛隊に所属するのが、どういうことなのか本当に分かっているんだよな?」
「うちの学園にもあったんだから当たり前でしょー」
「それもそうか」
あまりにもあっさりとしすぎて、しつこく確認してしまった。
確かに雪ノ下学園にもあったし、向こうの方が過激だったか。
もう一度聞こうとしたけど、しつこすぎたら嫌がられると思って止めた。
分かっていると言ったけど、うちの親衛隊が特殊なのも本当に分かっているのだろうか。
まあ了承の返事はもらったから、俺のやるべき仕事は終わった。後は親衛隊のメンバーがなんとかしてくれる。
「まあ、ほどほどに頑張ってくれ。みんなと仲良くな」
「うんー。友達百人作るんだー」
「お、おう」
大きな目標だが、鬼嶋なら大丈夫な気がする。戸惑いつつも応援すれば、嬉しそうに顔を緩ませた。
「鬼嶋の様子はどうだ?」
「文句を言いながらも、上手くやっていますよ」
「それは良かった。一番最初に『こんなの聞いてねー!』って叫び出した時は、どうなるかと思ったからな」
「あの時はどんな問題児が来たんだと、頭が痛くなりました」
「苦労かけたな」
「いえ。とんでもないです。……狂犬を手なずければ、相君の助けになりますから。味方に率いれれば、あんなに心強い人材はいません」
ボソリと小さな声で呟いた言葉は、とてつもなく計算高かった。でも隊長となれば、そういうのも大事なのだろう。
「相君は、どうですか? 最近忙しそうですけど、ちゃんと休めていますか?」
「まあなんとか。大丈夫だから心配するな」
「何かあれば、僕達に相談してくださいね」
「ああ。頼りにしているよ」
本音で言い合ってから、たくさんの人との関係性も変化があった。
まだ慣れないところもあるけど、いい変化だから心がくすぐったい。
「相君は、これからどうするつもりですか?」
「どうするか。うーん、そうだな……今まで生き残ることだけだったから、何をしたいとか考えたこともなかった」
「相君は、もう何にも縛られない自由の身ですから、なんでもやりたいことをすればいいんですよ」
「まだ完全に大丈夫だとは決まっていないけど……そうだな。絶対に殴ってやりたい人はいる」
「誰ですか? 僕達に手伝えることがあったら、ぜひ言ってください」
「ああ。もしもの時には頼む」
頭の隅に追いやったつもりでも、ふとした時に考えてしまう。
それなら、いっそ調べた方がスッキリするか。
今は顔も名前も何も知らない。
調べると言ったら反対する声がたくさん出そうだけど、お願いすればきっと教えてくれる。
懸念があるとすれば、月ヶ瀬だ。
その人について、どこまで教えられているのか。クズな人間だから、もしかしたら死んだと聞かされている可能性もある。
俺が調べたことで存在を知ったら、ショックを受けるだろう。
それは避けたい。秘密裏に動くしかないわけだ。
話を聞きたい人はいるが、嫌なことを思い出させるだけなのでは。
今が平和なのだから、わざわざ薮から蛇を出す必要は無い。そうした方が正しいとは理解していても、母を死なせた男のことを知りたいという気持ちが抑えきれなかった。
「なあ。菖蒲の親は、どんな人だ?」
「突然どうしたんですか。……そうですねえ。口うるさいと思ったことは何度もありましたけど、僕のことを真剣に考えてくれているのも知っています。なかなか恥ずかしくて言えませんが、好きです」
「そうか。いい親御さんだな」
「はいっ」
よし決めた。
たとえパンドラの箱だったとしても、調べてみよう。
弔い合戦とかそういうつもりではなく、このままだと前に進めない気がした。
「少し頼みたいことがある。誰にも知られずにやってくれるか?」
「承知致しました」
親衛隊隊長として培われた情報収集能力は、他に引けは取らないと評価している。それに俺に対して絶対の忠誠を誓っているので、情報を漏らさないという安心感もあった。
一気に仕事モードになったのを感心しながら、誰にも話を聞かせないために声を潜めた。
「実は……ある人物の情報を集めてほしい」
「俺の親衛隊は本当に優秀だな」
菖蒲に調査を依頼して一週間。
俺の元に分厚いファイルが届けられた。
最優先事項とは言ったが、まさかここまで早いなんて。本当に優秀だ。味方で助かった。
「……さて、どうするか」
ファイルの表紙に手を置き、開くべきか迷う。
少しでも中身を見れば、もう後戻りは出来ない。調査している時点で手遅れだが、気持ちも問題だ。
菖蒲がどこまで調べたのか。
渡してきた時に、『閲覧するなら誰もいないところがよろしいでしょう』と注意を受けた。
それは、この中身がとてつもなく危険だと言うことだ。人に見せられないぐらいに。
もしかしたら、今現在の居場所に繋がるヒントがあるかもしれない。
「鬼が出るか蛇が出るか。……見ないことには始まらないか」
一度目を閉じて気持ちを落ち着かせると、覚悟を決めた。
「どんなことが書かれていたとしても、絶対に逃げない」
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