第133話 月ヶ瀬さんと
月ヶ瀬さんに近づいたけど、すぐには話しかけなかった。
個展にわざわざ来たのだから、作品を見終わってからにしようと考えていた。
月ヶ瀬さんは俺よりもさらに時間をかけて、じっくりと作品を眺めている。どうやら、よほど好きなようで、ものすごく真剣な表情をしている。
俺はその後ろを一定の距離感を保ちながら追った。作品を楽しみつつだ。
そして最後の作品に行ったところで、距離を詰める。
「……あの。月ヶ瀬のお父さんですよね?」
「えっ?」
声をかけると、驚きながら振り向く。
俺の顔を見て、誰だか分からなかったらしい。首を傾げて愛想笑いを浮かべる。
「えーっと、愛のお友達の……」
「五十嵐です。五十嵐相。一度しか会ったことがないから、覚えていないかもしれませんが」
「ああ! あの時の!」
名前を聞いて、会った時のことを思い出したようだ。強烈な日だったから、忘れたくても忘れられないか。
しかも俺は、自分に深く関係している人の子供だし。
「覚えていてくれたんですね。お久しぶりです。あの時は乗せてもらったのに、ちゃんと挨拶も出来ずにすみませんでした」
「そんなのいいんだよ。あの後、大丈夫だった?」
「かなり怒られましたが、なんとかなりました」
「そっか。ずっと心配していたから、元気そうで良かった。前に会った時よりも随分と大人になっていたから、全然気が付かなかった。愛から五十嵐君のことは聞いているよ。いつも、うちの子と仲良くしてくれてありがとう」
俺が誰だか分かったことで、一気に警戒心がとける。愛想笑いじゃない笑顔になって、話が続けやすくなった。
「五十嵐君も個展を見に来たんだよね。この人を知っているなんて珍しい」
「えーっと。そうですね。前々から気になっていて、今日個展をやっていると知って来ました。作品を見ていた時に、知っているなと思って声をかけたんですが、ご迷惑でしたか?」
「そんなことないよ。むしろ嬉しいな。もし時間があるならだけど、少し話をしない?」
こちらが言う前に、提案をしてくれるなんてついている。
上手くいっていると、顔には出さないように気をつけながら喜ぶ。
「はい、ぜひ。でも外で使用人が待っているので、出来れば外に行くのはちょっと……」
「それなら、ここに個室があるらしいから、使えるかどうか聞いて、そこで話そうか」
話をするための場が、どんどん整えられていく。
やはり神様が味方をしてくれているのだと、少しだけ感謝をしてもいい気持ちになった。
「そうしましょう」
月ヶ瀬さんが部屋を使用する許可を取ってくれて、俺達はすぐ隣にある個室に入った。
そこは休憩室として使っているのか、給湯室もありスタッフの一人がお茶を淹れてくれた。そしてそのまま退出する。
テーブルを挟んで向かい合って座ると、月ヶ瀬さんは微笑みかけた。
「僕になにか話があるんだよね」
「えっ」
「そういう顔をしている。違った?」
「いえ……確かに話がしたいです」
「だと思った」
そんなに分かりやすかっただろうか。顔を触ってみるが、どんな表情をしているか鏡が無ければ分からない。
話がしたがっているという雰囲気を感じて、ここまで場をセッティングしてくれたらしい。
それを運がいいと喜んでいたのが、恥ずかしくなってくる。
「わざわざ待ち伏せしてまで、どんなことが知りたいの? 僕に話せることなら答えるよ」
「……嫌なことを聞いてしまうかもしれませんが、それでもいいんですか?」
「もしかして楓のこと?」
そこまで読み取られてしまうか。
帰ったら、高坂にポーカーフェイスのやり方を教わった方がいいのかもしれない。
でも、どうやって話を聞き出すのかが難点だったので、むしろ話が早くなったとポジティブに考えておこう。
そうだとしてもいたたまれなくて、ごまかすようにお茶をあおった。
「そうです。月ヶ瀬楓さんのことを知りたいと思っています。彼がどんな人だったのか。月ヶ瀬さんの視点でお話を聞きたいんです」
「僕の視点で?」
「はい。でも、もし話しづらかったら諦めます。無理やり聞く気はありませんから」
ぜひとも話は聞きたいが、無理やり聞き出そうとはみじんも思っていない。
「……そうだね。本当は、あまり人には話したくないんだけど。五十嵐君がそこまでするほどだし、君も当事者みたいなものか。誰にも……愛にも話をしないと約束してくれるのなら、いいよ」
「誰にも話さないと、約束します」
どんな話だとしても、一番巻き込むべきでないのは月ヶ瀬だ。
元々言うつもりはなかった。
「……分かった。それじゃあ、どこから話をしようか。……僕と彼の出会いからがいいかな。そういえば時間は大丈夫?」
「大丈夫です。連絡しておくので、気にせず話をお願いします」
高坂と権守なら、あと一時間ぐらいなら待っていてくれるはずだ。一応時間がかかるという連絡を入れておく。
「そうだね。楓と会ったのは……僕が大学を卒業して働き始めた頃だった」
月ヶ瀬さんはお茶を飲む時間すらも、もったいないとばかりに話を始めた。
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