第132話 展覧会へ





 月ヶ瀬さんが何時頃に個展に来るのかまでは、さすがに調べられなかったようで、そうなると開始の時間からずっと待っていなければならない。

 それは別にいいけど、彼が来るまでの間は他の人に怪しまれないように、客のふりをする必要がある。

 もしも作品が全く興味のないものだったら、とてつもなく苦行だ。

 出来れば楽しめるものがいいと、少しだけその人物の情報を集めてみた。


 正体不明で何歳なのかも分からない、彗星の如く現れたかと思えば、知る人ぞ知るといった感じに、じわじわと知名度を上げていった。


 何にもとらわれない世界。深く感じようとすればするほど闇がまとわりつく。

 彼の作品に一度呑まれれば、二度と元には戻れない。と言われている。


 ほとんどネットに作品の画像はなかったけど、ようやく見つけられたそれは、とても興味がひかれるものだった。


 これは、今回のことが無かったとしても、個展に行きたい。

 どのぐらいの作品数だろう、ゆっくり鑑賞する時間が欲しい。



 気になる問題もクリアしたことだし、あとはその日が来るのを待つだけだ。

 下手にソワソワしていれば、誰かしらにおかしいと勘づかれる。


 いつも通り、いつも通り。

 いつも通りの自分を見失いかけながらも、何とか個展までの時間を乗り切った。




「それじゃあ行ってくる。何かあったら連絡するから、それまでは好きに待っていてくれ」


「本当について行かなくてよろしいのですか?」


「何度も言っただろ。こういうのは、ゆっくり見たいんだ。一人でな。二人の存在が邪魔だとは言わないけど、集中したいんだ」


「……かしこまりました。それにしても、相お坊ちゃまがこの方を好きだったなんて初耳です」


「た、またまネットで作品を見て興味があったんだ。そうしたら個展をやるっていう情報を知って、こんな機会見逃すわけにはいかないだろ?」



 聞かれそうな質問は予想しておいて、あらかじめ答えを用意した。だから高坂だとしても、少し不審に思うぐらいだろう。

 事実、無理について行こうとしないのが、上手くいっている証拠だ。



「……お気をつけていってらっしゃいませ」


「そんな顔をするな。戦場に行くわけでもあるまいし。ちゃんと気をつけて行ってくるから」


「ここでお待ちしております」



 置いていかれた子犬のように、寂しそうな顔をしているから、どこでそういうのを覚えたのかと言いたくなった。

 鬼嶋を可愛がるようになってから、俺が可愛いのものに弱いというのがバレた気がする。



「……連れていかないからな」


「ちっ……承知していますよ」



 絶対に今舌打ちをした。

 でも涼しい顔をしていて、自分は何もやっていませんよという感じを醸し出している。

 全く、みんなの性格がだいぶ変わった。


 自分をさらけ出すのはいいことだけど、少しぐらいは遠慮をした方がいいような……まあ、自然体が一番か。


 恨めしげな視線に気づかない振りをして、俺は会場へと向かう。




 会場は今回のために借りたのだろう、ビルの二階にあった。一階だったら中の様子を見られたから、その点は運が良かった。


 高坂なら、きっと月ヶ瀬さんの顔を知っている。同じ会場にいたことならまだしも、話しているところを見られたくなかった。

 見られたら、たぶん俺がしようとしていることもバレる。

 時間の問題かもしれないが、出来る限りは送らせたい。邪魔されたくないというよりも、心配をかけたくないからだ。

 秘密裏に行動している方が、余計に心配すると言われてしまいそうだけど。



 俺は開始時間になったと同時に、会場に入った。

 やはり人気があるようで、すでに何人かの人の姿がある。まだ月ヶ瀬さんの姿はいない。


 手配しておいたチケットを渡し中に入ると、彼が来るまで作品をゆっくりと鑑賞することにした。実は結構楽しみだった。ここに来た一番の目的は、もちろん忘れていない。

 でもそれまでの間は、楽しませてもらおうというわけである。


 一応は絵画を主に、でも彫刻や写真などもある。そのどれもが人をひきつける魅力を持っていた。

 暗い色を一切使っていないのに、見れば見るほど不安な気分にさせられる絵。

 まるで地獄の底から救いを求めているかのように、手を伸ばしている天使の像。

 水面を写したモノクロの写真は、普通の景色のはずなのに、今にもなにか恐ろしいものが飛び出してきそうだった。


 全体的に暗い。まるで苦しい現状の中で、必死にもがいているよう。でも暗いだけではなく、どこか希望が残されている気がするのだ。

 その希望を見つけたくて、きっと引き込まれてしまうのだろう。



 これを作った人は、一体誰なんだろう。

 秘密のベールを被っていることは分かっていても、とても気になった。

 普通だったら、こういう個展を開いたのだから、会場内で挨拶周りでもしているはずだろう。でも今のところ、それらしき人はいない。


 個展を開いたとしてもなお、正体は隠すつもりらしい。

 姿が見えないというのは、想像をかきたてられるから、それはそれで正解なのかもしれない。



 一通り作品を見終わり、どれか購入出来ないかと考えながら、もう一周しようとする。

 でもその時、入口から月ヶ瀬さんが入ってきたのに気がついた。

 前に会った時と変わらない、柔らかく優しそうな彼は、誰かと一緒に来たわけではなさそうだ。


 これなら話が出来る。

 後はさり気ないタイミングで話しかけるだけだと、俺は彼の元にさり気なさを装って近づいた。





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