第57話 西寺との
「あー、久しぶりにこんなに笑った」
笑いすぎて酸欠気味の西寺を、俺は冷めた目で見る。
最初は心配していたけど、あまりにも笑いが止まらなかったから、段々と呆れが大きくなったのだ。
「落ち着いたか」
俺がもはや呆れているのを察したようで、こちらに近づいてくる。
「ごめんごめん。別に五十嵐君のことを笑ったわけじゃなくて、自分に笑っていただけだから」
首を傾げる西寺には、負の感情は見当たらない。その顔を占めているのは、面白いというものだけだ。
「何がおかしかったんだ」
そうだとしても納得いかない。
まず笑っていた理由を教えてもらわなければ、ここから先に進められなさそうだ。
俺の方が西寺に対しての態度がぎこちなくなり、視線を合わせていられなくてそらす。
本気で怒っているのが伝わったようで、西寺は笑いを引っ込めた。
「気を悪くさせてしまったのなら、本当にごめん。笑っていたのは、裏庭に連れてこられたから、告白でもされるんじゃないかって勘違いした自分が恥ずかしくて」
「告白?」
「やっぱりそういう意図はなかったんだ。たぶん、あの場所にいた人の何人かは勘違いしていたと思うよ」
「ど、どうして」
「それは真剣な表情で、二人きりになるために、裏庭に呼び出されたら勘違いもするかな」
「……そうだったのか」
廊下でみんなが驚いていた理由が分かった。
色々と考えていたせいで、最初は笑顔を作っていたのに、連れ出す時には必死な顔になっていた。そんな顔をしていたら、誤解されるのは当たり前だ。
「悪い。誤解させて」
「いやいや、そんなに深刻に謝らなくても。俺が勝手に勘違いしていただけだから、悪いのは俺と周りの人だよ。ごめん」
俺にも原因があったのなら、素直に謝らなくては。
責め立てて悪かったと頭を下げると、西寺は手を振って笑った。
「それにしても、五十嵐君がこんなに面白い人だと思わなかった。見た目で人を判断するのは、やっぱり駄目だな」
「見た目?」
「綺麗で格好良くて、おまけに新入生代表だろ。近寄り難いオーラがあるっていうか。俺達のことなんて、眼中にないんじゃないかって。それに一つ上の山梔子先輩とも仲良さげだし、あえて同級生とは付き合わないように見えてた。あの五十嵐家だから」
「全然違う。そんなつもりはなかった」
「大丈夫。今は違うって分かっているよ」
俺はそんな孤独を愛するタイプじゃない。
容姿のせいで勘違いされていたなんて、この顔を整形でもすれば、近寄ってくれるのだろうか。
出来ないことを考えて深いため息を吐けば、西寺が手を差し伸べてきた。
「?」
その手をまじまじと見ていると、焦れったいとばかりに動いた。
握手をしている。
すぐに分かったが俺の頭上には、まだはてなマークが出ていた。
「さっき言ってた友達になろうって話。俺で良ければ、ぜひ仲良くしてほしい。もう時間切れかな?」
すぐにその言葉の意味を理解出来なかったのは、もう無理だと勝手に決めつけていたからだ。
失態ばかり見せたから、友達になんてなってくれない。そう諦めていた。
「友達に、なってくれるのか」
信じられない気持ちで尋ねると、慈愛に満ちた表情で握られた手に力がこもる。
「むしろ、こっちの方がよろしくっていう感じだよ。こんなに五十嵐君が魅力的だったなんてね。もっと早く気づけたら良かったけど、今のところ俺だけのものだと思うといい気分」
「みっ。口が上手いな」
「本心なんだけどな。だいぶ自己評価低い?」
ただの好青年かと思ったが、もしかしたら軟派な性格なのか。
そうだとしても、初めて同い年の友達が出来た嬉しさの前では、どうでも良かった。
「友達になってくれて……ありがとう」
表情をとりつくろえなくて、かなり緩んだ顔になっている。
西寺は目を見開いて凝視してきたかと思えば、握手していた手を離して頭をかき乱した。
「これがもし天然だっていうなら、敵わないな」
「なにが」
「いや、こっちの話」
鳥の巣みたいな頭になった西寺は、赤く染まった顔を必死に隠していた。
やはり顔が緩んでいるのは良くないと、頬を強く叩いた。
ヒリヒリと痛みはあるが、気合いは入った。
友達になってほしいと直接伝えるなんて、下手くそな方法だったけど上手くいって良かった。
その嬉しさを噛みしめている間、俺達は何も言わずに、ただ見つめあっていた。
西寺とは、やり方はこんな風だったけど友達になったはずだ。
俺と向こうもそのつもりで仲良くなった。
それなのに、
『入学早々ビッグカップル誕生か!?』
掲示板に貼られた新聞を眺めて、とりあえず現実逃避をした。
写真に写っているのは、俺と西寺だ。
お互い頬を染めて見つめ合っていて、これだけだと見出しのように恋人のように思える。
でも決して、俺達の関係はそんなものではない。
一体誰がこんな写真を撮って、こんな風に記事にしたのだ。
睨みつけながら隅から隅まで確認していると、端の方にとてつもなく小さな文字で新聞部と書いてあるのに気がつく。
新聞部か。ろくでもない真似をする。
俺はその三文字を目に焼き付けて、視線が集中する場から離れた。
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