第143話 目覚めると
まっさきに目に入ったのは、真っ白な天井と蛍光灯だった。隅っこの方が切れかかっているな。
そんなことを考えながらぼんやりとしていると、誰かが顔を覗きこんできた。
「相お坊ちゃま! お目覚めになられましたか!」
「……こ、さか……」
目を真っ赤にさせながら、高坂が俺の手を取る。存在を確認しているみたいだ。
名前を呼ぼうとするが、喉が渇いて言葉が出なかった。
「あれから、ずっとお眠りになられたままだったので、とても心配していました」
とても心配させてしまったらしい。その瞳は、今にも泣き出しそうだ。
「おとうさまはっ!? けほっ」
最後に見た父は、今にも死にそうだった。
俺が意識を失ったあと、一体どうなったのか。
叫んだせいで喉に痛みが走り、咳が止まらなくなる。
何度も咳をしていると、慌てた高坂が俺の体を起こして背中をさすってくれる。
「落ち着いてください。大丈夫ですから、これを飲んで」
差し出されたペットボトルを受け取ろうとする。でも渡してくれず、そのまま介助をするように飲ませてくれ始める。
起きたばかりだから本調子ではないが、これはかなり大げさだ。
ゆっくりと三分の一ほど飲むと、生き返った気分になった。
「ありがとう。それで、お父様は無事なのか?」
「はい。的確な応急処置と、すぐに病院に搬送出来たので、命に別状はございません。銃で撃たれたので、しばらくは入院する必要がありますが」
良かった。本当に良かった。
高坂は嘘をつかない。だから父は生きている。
それを聞いて、安堵の息を吐いた。
あの時に、助けられないと諦めなかったおかげだ。
「高坂が手配してくれたのか?」
あそこがどこだったのか詳しくは知らないが、連絡をしてもすぐには救急車は来られなかっただろう。あらかじめ待機していない限りは。
「当初は、衰弱しているであろう相お坊ちゃまのためでしたが、手配しておいて正解でした」
「やっぱりそうか。それなら、俺のメッセージはきちんと伝わったんだな」
「はい。そのおかげで動くことが出来ました」
父を呼び出す電話をかけさせられた時、なんとか居場所を高坂に伝えられないかと考えた。
そこで思いついたのが、あのメッセージだ。
『お父様のネクタイが俺の着替えと一緒に混ざっていたんだ。黒色の。持っていくのを忘れていて、部屋に置いてあるから、元に戻しておいてくれないか。俺の部屋のパソコンがある机の、ネックレスの脇だから。高坂なら、簡単に見つけられるだろう。それだけ、よろしく』
父の名前を出したのは、この事件に父も関係しているという意味。
黒のネクタイは、高坂にプレゼントしたネクタイピンのこと。
ネックレスは俺が着けているもので、パソコンで居場所を特定してほしいと伝えたかったのだ。
高坂ならば分かってくれるだろうと期待していたが、もしかしたら駄目かもしれないと不安もあった。
でも上手くいった。
高坂が優秀なおかげだ。
「旦那様と一緒に行動するのは避けるべきだと考え、位置情報を頼りにあそこに向かったのですが……銃声が聞こえて来た時には、相お坊ちゃまの身に何かがあったのかと肝を冷やしました」
「心配かけて悪かった」
「もう二度と、こんな危険な行動は慎んでください。相お坊ちゃまに何かがあったら……私は自害する覚悟です」
「それは絶対に駄目だ。ちゃんと危ないと思ったら、高坂の力を頼りにするから、そんなことは言わないでくれ。……まあ、とにかくありがとう。お父様が助かったのは、高坂のおかげだ」
どこかの歯車が一つでも欠けていたら、父は死んでいた。俺も、こうして戻っては来られなかっただろう。
高坂が上手く立ち回ってくれたおかげだ。
お礼を言えば、力なく首を横に振られた。
「私だけの力では、ここまで上手く出来ませんでした。……古城様のおかげです」
「古城お兄様? それじゃあ、やっぱり」
父の命が消えかけていて、俺が絶望しかけていた時に現れたのは、古城だったのか。
「どうしてそうなったんだ?」
「相お坊ちゃまから連絡を受けた時に、ちょうど古城様もいらっしゃったんです。学園での相お坊ちゃまの雰囲気に違和感があったということで尋ねられて、個展に行って突然姿を消したことを知り、一緒に捜索をしていました。その時に連絡があり、電話もそばでお聞きになっていて、相お坊ちゃまの様子がおかしいのに、すぐに気が付かれました」
「それで?」
「あの場所へも一緒に行くとおっしゃられて。何度も危険だからと断ったのですが、最後には熱意に根負けして共に向かいました」
「……そんなことがあったのか」
あれは、俺の都合のいい幻覚ではなかったのか。
唐突に抱きしめられた感触を思い出して、恥ずかしくなって布団を頭からかぶった。
「相お坊ちゃま!? ご気分が優れませんか!?」
「だいじょうぶだ。しんぱいない」
顔が熱い。全然大丈夫じゃない。
でも正直には言えず、しばらく布団にくるまっていたが、心配した高坂が涙声になったので、熱を冷ましてから顔を出した。
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