第144話 父と
父は怪我のせいもあり、まだ眠っていた。
命に別状はないし、処置することは全てしてあるから、あとは本人次第らしい。
念の為にICUにいる父は、記憶よりもやつれていて顔色も悪い。
特別に中に入れてもらったのだが、こんなにも小さかったのかと衝撃を受けた。
「おとうさま」
ショックで上手く言葉が出なかった。
記憶にある父は、いつも凛としていて、どこまでも強い人だった。
でも今の父は違う。
俺が目を覚ましたことは、まだ誰にも伝えないようにと高坂に命令していた。
渋られたが押し切った。
そうしないと、父とゆっくり話が出来ない。
ベッドの脇にある椅子に座り、俺は父の手をとった。その冷たさに一瞬驚くが、決して離しはしなかった。
「お父様、大丈夫ですか? とても痛かったですよね。どうして、こんなことをしたんですか。……死んだら、どうするつもりだったんですか?」
答えはない。それが悲しくて、胸が張り裂けそうに痛くなる。でも話しかけ続けた。
「目を覚ます前に夢を見た気がします。とても優しくて、幸せな夢でした。信じられないかもしれませんが、お母様に会ったんです」
母を話題に出した途端、父にかすかな反応があった。
握っている手が、ぴくりと動いたのだ。
意識がなくても、母のことを想っている。それが嬉しかった。
「お母様って、思っていたよりも豪快な人でした。でもすごく温かかったです。生きている時に、もっと一緒に過ごしたかった。頭を撫でてくれて、みんなのことをよろしくと言ってくれました。……お母様は、お父様も家族も大好きだって、言葉にはしませんでしたが伝わってきましたよ」
ぽたぽたとベッドの上に涙が落ちる。
母の温もりを、実際に感じるのはもう叶わない。
顔を見せてくれれば良かったのに。それを、一生の思い出にしたのに。
「お母様が何を好きで、どういう人だったのか、俺はあまり知りません。だからお父様が教えてください」
たくさん話がしたい。たくさん話を聞きたい。
強く手を握り、祈るように顔を伏せた。
それから、どれぐらいの時間が経っただろう。
「……あ、い……?」
父の声だ。
空耳かと思って顔を上げると、バッチリと視線が合った。
「おとうさま?」
いつかは目を覚ますと分かっていたが、それでも怖かった。
父は俺の頬に手を伸ばしてくる。
そして涙のあとをこすった。
「どこか……けがを……?」
「怪我をしたのは、お父様の方じゃないですか。心配したんですからね」
あの時のことは、思い出すのも辛い。
ドクドクと流れる血を押さえていた感覚が、まだ手にのこっている。
もう、あんなのはごめんだ。
高坂が言っていた意味が、よく理解出来た。
「俺は傷一つありません。銃で撃たれたお父様の方が重傷ですから、ゆっくりと休んでください」
「そ……か……。……よか、た……」
俺は怪我をしていないことを伝えると、父は深く息を吐いた。
心の底から安心している。
その姿に、目から涙がこぼれた。
生きている。ここに、ちゃんと存在している。
それだけで良かった。
「こっちのセリフですよ。お父様が無事で良かったです。傷が治ったら、色々と言いたいことがあります。話したいことも、たくさん。でも今は、ゆっくり休んでください。死にかけたんですからね」
「……ああ……」
まだ疲れていたのか、それだけ言うと父は目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてくる。
「お父様、おやすみなさい」
その寝顔を見ながら、しばらくその場にとどまっていた。
月ヶ瀬さんと楓に会わなければ。
と、ずっと思っているのだけど、なかなかその機会に恵まれなかった。他の人に止められたのだ。
特に五十嵐家が頑なで、一切関わらせるつもりはないと言いきられてしまった。
まだ今回の件は、事件にはなっていない。
そうしてしまえば、色々と面倒な事態になるからだ。
俺が目覚めてから判断する、ということで保留にされていたのだが、絶対に事件にはしないで欲しいと伝えた。
どうするにしても、とりあえず話がしたかった。
「お願いです。少しでいいから、話をさせてください」
「駄目だ」
「絶対に危ないことはしませんから。それに、俺はトラウマを抱えていたり、怪我をさせられたわけじゃないです。話すのは平気ですよ」
「何言ってるんだよ。殺されかけたんだぞ。相手は銃を持っていたんだ」
「それは護身用ですよ。撃つ気は無かったんですから」
「でも実際は撃った。それが事実だ」
このやりとりも、もう何度目だろう。
長男と次男に、何回も頼んでいるのだけど、ずっと断られ続けていた。
理由としては、相手が危険で俺に怪我させるかもしれないから、だった。
心配かけたのは分かっているが、それでも俺は話がしたいのだ。
だから手を替え品を替え、なんとか説得しようとしているけど、今のところ上手くいっていなかった。
泣き落としも通用しなかったのだから、よほどだろう。慌てていたのに許可してくれなかった。
この二人じゃ駄目だ。
説得を諦めた俺は、別の角度からアプローチをすることにした。
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