第62話 平穏はまだ遠い





 西寺を脅した理由は、実に単純でくだらないものだった。

 俺が入学してから会いに来ると思っていたのに、全くその気配がなく、それなのに西寺と仲良くして記事まで出たのが許せなかったらしい。


 馬鹿なんだと言いたいし、実際馬鹿だ。

 山梔子にいたっては、一緒にいたのに何を言っているのか。

 完全にお門違いの恨みを買った、西寺に申し訳ない。


 呆れてものも言えない俺は、三人に押し切られる形で約束をとりつけられた。

 最低でも週に一回は、一緒の時間を作る。

 もしそれが破られた場合は、個別で願いごとを聞くと勝手に決められていた。



 放っておいた自覚があるから構わないのだが、それでも納得のいかない部分もある。

 もやもやは残る結果となったが、満足して西寺に手を出さなくするためには仕方がない。




 こうして西寺の件は解決したのだが、まだ問題は残っている。

 その中で最優先でなんとかする必要があるのは、非公式で活動している俺の親衛隊だ。


 家柄が普通の、特待生として入ってきたような生徒が、俺に関わるだけで制裁を加えようとする。

 暴力沙汰になる前に、その手綱を握っておきたい。


 過激派は何をしでかすか分からないが、統率が取れれば使える人材に育てられる。これを逃すべきではない。



 でも俺は、その親衛隊の正確な規模も、誰が隊長や副隊長をしているかも、全く情報を持っていなかった。

 集会を開いているかどうかすらも知らず、コンタクトもとれない。

 誰かに教えてもらうしかなかった。





「それで、どうして私が選ばれたのかしら」



 足を組みかえて白衣のすそをひるがえしながら、三千花は睨みつけてきた。



「そういうのは、もっと詳しい人がいるでしょ。あなたの大好きな古城先生とか、執事さんだって情報収集能力が高いはずよ」


「そうかもしれないけど、ゆっくり三千花と話したくなったんだよな」


「……そう」



 素っ気ない態度に見えるが、耳が赤くなっている。照れ隠しだ。

 三千花はそういうところがある。



「それで、話題の新入生の親衛隊がどうなっているのか、何が聞きたいの?」


「知っているのか?」


「当たり前じゃない。結構大きな噂になっているもの。逆に今まで知らなかったことの方に驚いているわ」


「……そういう話をする人がいない」


「あら。未だに寂しい学園生活を送っているのね」


「うるさい」



 くすくすと笑う三千花に、俺は殴るふりをする。



「あら、暴力反対よ。そんな怖いことするなら、教えてあげないわ」


「悪かったって。友達作りを諦めているつもりはないんだけど、この前のこともあってさらに避けられているみたいなんだ」


「あー、あれはね。普通の感覚を持った人だったら、関わりたくないと思うわね。私だってあなたが元々友人じゃなかったら、関わらないようにしていたかも。ファンを持つ人は大変ね」


「……俺は、好きで一人になろうとしていないのに」


「そんなにへこまないの、もう。私達は友人なんだから、ちゃんと力になるわよ」



 自分の立場を考えている落ち込めば、背中を撫でてなぐさめてくれる。



「それで何が知りたいの」


「まずは俺の親衛隊の規模と、隊長が誰なのか、集会を開いているなら場所と日時をを教えてもらいたい」


「分かったわ」



 俺の親衛隊。

 どんな人達が集まっていて、どうして所属しようと思ったのか気になる。



「えーっと、規模は私が知っている時点で四十三人。一年と二年がほとんどで、隊長は三年生の菖蒲って子よ。副隊長は、悪いけど知らないわ。今度集まる日時は……」



 三千花は思っていた以上に詳しかった。

 俺が頼みに来ることを予想していたのではというぐらいの早さだったので、もしかしたら心配されていたのか。


 知りたい情報がすぐに集まったので、ついでとばかりに質問してみる。



「親衛隊って、誰のところが一番大きいんだ?」


「そうね……公式でいうと、現生徒会長のところが一番かしら」


「公式は。それなら非公式を含めたら?」


「あなたもよく知っている人のところね」



 俺のよく知っている人で、非公式の親衛隊がありそうなのは何人かいる。

 その中で規模が大きそうなのは。



「もしかして……古城?」


「正解」



 やっぱり。

 いまだに俺になにかはしてこないけど、学園の中では力をつけているらしい。



「……どのぐらいの規模か聞いてもいいか?」



 絶対に聞かない方がいいと分かっているのに、怖いもの見たさで聞いてみたくなる。



「そうね。非公式だから確かなことは言えないし、他の人のところと兼任している人を含めたら……たぶん学園の半分以上は軽く超えるわ」



 この学園はAからFにクラスが分かれていて、一学年の合計は二百四十人。それが三学年分。ここから半分の数を割り出すと……



「凄いな」



 そんな感想しか言えないが、それ以上の言葉が見つからなかった。



「あなたも人のことを言えないわよ」


「俺?」



 俺はまだ四十三人だ。比べるまでもない。



「分かってないわね。入学して一か月も経っていないのに、ここまでいるのよ。学園の中では、古城先生を超えるんじゃないかって噂になっているぐらいよ」


「はは。それはさすがに……本当に?」



 いくらなんでも言い過ぎだと笑い飛ばそうとしたが、三千花は笑っていなかった。



「どうして俺なんかが」


「……自覚がないのも罪ね」



 あわれなものを見るようだったが、古城や他の人に比べて、俺が勝てる要素がないのは自分がよく分かっている。




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