第122話 菖蒲とイチの苦しみ
さて、次は一体誰が来るのだろう。
話し終えた人から、残りのメンバーを割り出す。その中から、次に来るとすれば……。
「お待たせしました。相君」
「お待たせ」
やっぱり菖蒲とイチだったか。
俺は出迎えるのに慣れたので、ゆっくりと話をするために、先程見つけておいた切り株を指した。
「座って話そう」
痛くならないように、きちんとシートを敷いておいた。
「あ、ありがとうございます」
「さっすが、気が利くね」
イチは相変わらず軽口を言っているが、いつもより元気が無いのに気がついた。
菖蒲も落ち込んでいる。
ちょうど三つある切り株に座り、俺達は向かい合った。
すぐに話が始まるかと思ったが、気まずい沈黙が流れる。
俺から話しかけるべきではないと思い、どちらかが話し出すのを待った。
「……相君は、僕達のことをどう思っていますか?」
「どうって……親衛隊として俺のサポートをしてくれて、とても助かっているよ」
「本当にそうでしょうか?」
話し出した菖蒲は、とても悲しそうに微笑んだ。痛みを感じさせるような表情に、胸が痛くなる。
「何が言いたい?」
「僕達は相君を好きで、心地よい学園生活を送ってもらうために、親衛隊を結成しました。僕達の行動のおかげで、相君の役に立っていると自負していました」
そこで、菖蒲は耐えきれないとばかりに、一度話を止めた。
「でも、とんだうぬぼれでした。僕達は、何の役にも立てなかった。相君の事情を何も知らずに、ただただ好意を向けていただけで。……それがとても悔しいんです」
「そんなこと」
イチも口を開く。その表情は険しかった。
「俺達、相君に対して何が出来たんだろう。相君をきちんと見ていたのかな。勝手に理想を当てはめて、自己満足していただけかもしれない」
「親衛隊がいてくれて助かったと思っている」
「偽物の関係なのに?」
菖蒲もイチも、何かを必死に耐えるかのように、拳を握りしめていた。
それを違うのだと言いたいのに、全く伝わっている感じがしなかった。
自嘲気味に笑ったイチは、握りしめた拳で自分の膝を強く叩く。
「頼って欲しかったなんて、そんなことは言えない。俺達は頼りがいのある状態じゃなかったから」
「それでも不甲斐なくて、自分で自分が許せません」
二人の目には涙がにじんでいた。
どうしてそこまで苦しそうなのだろう。
自分の気持ちが全く伝えられていないことに、歯がゆくなる。
どうすれば元気になってもらえるのか。親衛隊がいてくれて良かったと、本心から言っていると信じてもらえるのか。
俺は頭をフル回転させて、そして行き当たりばったりな作戦を決行する。
切り株から立ち上がり、俺は腕を広げた。
「えっと……」
「ん?」
俺の行動が分かっていないような顔をしているので、こちらから近づいた。
「へっ!?」
「うわっ?」
二人まとめて一気に抱きしめたら、驚いた声を上げる。
そんなに驚かなくても……でもここまで近いのは初めてだから驚くのも無理はないか。
「どどどどうしたんですか!?」
「えっ、なに、どういうこと?」
近い位置に座ってくれて助かった。そのおかげで、どちらも抱きしめることが出来た。
ただ抱きしめるだけではない。
二人の頬にキスをした。
「ぴえっ」
「ひょっ」
変な鳴き声だ。逆に面白い。
もう一回しようとしたら、勢いよく顔をそらされてしまった。
「なななななにしているんですか!」
「親愛のキス?」
「はあっ!? キスって、はあっ!?」
「今まで親衛隊を率いてくれた感謝の証?」
完全にパニックになっていて、顔を赤くさせたり青くさせたりと忙しい。
黄色くなったら信号機だなと他人のように考えていたら、二人が精一杯顔をそらしたままマシンガンのように話しかけてきた。
「こんなこと誰か他の人にもやったんですか!?」
「それはさすがに許可出来ないかな。今まで話してきた人の誰? まさか全員だとは言わないよね」
「いや。初めてだけど」
キスしたことではなく、誰か他の人にもしたのではないかと疑って怒っているみたいなので、初めてだと言えば固まった。
「ゆ、夢でも見ているのかな。今初めてって。相君の初めて……きゅうぅ」
「あーちゃん、しっかりして! 俺だって気絶したいのにズルい!」
片方の腕に重みがかかった。
菖蒲がキャパオーバーになり、意識を失ってしまったみたいだ。
重みが変わったので、いい位置に調整するとイチの方を見た。
俺の視線を感じたのか、恐る恐ると言った様子でこちらに顔を向けてくる。
「えーっと……あの、やけくそになるのはよくないと思うよ?」
「別にやけくそになっているわけじゃない。感謝の気持ちを表現しているだけだ」
「感謝の気持ちって……」
「足りなかったのなら、もう一回するか?」
「もう充分伝わった! 相君の親衛隊で良かったなあ! これからも頑張るよ!」
顔を近づければ、早口でまくし立てた。
まあまあな返答だったので、俺は解放する。
地面にへたりこんだイチは、顔を真っ赤にさせながら、俺から未だに気を失っている菖蒲を受け取った。
「こんな本気出されたら、誰も太刀打ち出来ないよ。末恐ろしい」
そしてブツブツ言いながら、菖蒲を引きずって帰ろうとする。
もう少し話をしたかったと、引きとめようとして止めた。
そんな俺に気づいたのか、たまたまなのか、途中でイチが振り返る。
「これからもよろしく。あーちゃんの分も言っておくね」
「っ、ああ!」
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