第124話 月ヶ瀬の叫び






「……なんだったんだ」



 天王寺と権守が帰ると、一気に力が抜けた。

 まるで台風でも通り過ぎた気分だ。

 未だに上手く飲み込めない部分もあるが、次が来るだろうから、そっちに集中しよう。


 残っている人は、誰が来たとしても一筋縄でいかないのだから。



 こちらに向かってくる足音が聞こえる。

 俺はそれを背中で聞きながら、切り株に座って待った。



「相君」



 そうか。最後かと思っていたけど、ここで来るのか。

 向こうで、どういう取り決めをしているかは不明だが、変な順番である。じゃんけんで決めているのだろうか。

 そうやって余計なことを考えてしまうのは、緊張と恐れのせいだ。


 このまま振り返りたくない。

 でもここできちんと話をしておかないと、禍根を残す。


 大丈夫。俺なら出来る。

 深呼吸をすると、俺は声のした方を振り返った。



「……月ヶ瀬」



 主人公である月ヶ瀬との話。

 どういう風に進むのか、全く予想がつかない。



 切り株に座ってもらうと、俺は月ヶ瀬の顔を見られなくて、遠くに視線を飛ばす。

 湖の方を見ても、暗くなってしまったからよく見えない。

 高坂が持ってきてくれた明かりが、俺達の周りだけを照らしている。


 とても気まずい。でも自分からは話しかけられない。

 どうしたものかと、緊張で汗が流れるのを感じた。



「相君は……」


「な、なんだ?」



 急に話しかけられて、変に意識した声を上げてしまった。

 いくら鈍感な人でも、俺が怯えているのは伝わったはずだ。



「ち、違うんだ。これはそういう意味じゃなくて」


「やっぱり」



 月ヶ瀬は、納得したように諦めた笑みを浮かべた。



「相君は僕のことが憎くて、怖いんだ」


「そんなこと」


「そんなことない? 一度も? そんなわけないでしょ」



 否定は出来ない。

 俺は誰に一番怯えていたのかというと、それは月ヶ瀬に対してだった。



「僕のことが嫌い? それとも僕とお父さんの存在、全てが憎い?」



 泣いているかと思ったが、その目に涙は無かった。



「僕がこの世界に愛されていて、もしストーリー通りに進んだとしたら、相君はこの世界にいなかったんだもんね。それに僕達の存在がいなければ……」



 その先は言わなくても分かった。

 俺の母の話だ。



「最初に会った時、僕を見てどんな気持ちだった? 殺してやりたいって思った?」



 今にも消えそう、というよりは自分で自分を傷つけそうな危うさがある。

 ここで答えを間違えれば、一生後悔する事態になりそうだ。



「思わない」


「嘘つき。そんなわけない。僕の姿なんて見たくなかったはずだよ。あの時、殺しておけば良かったって、そう後悔したんじゃないの!?」



 話しているうちにヒートアップしたようで、最後には悲痛な叫びになった。

 顔を手で覆い、肩を震わせている。



「僕は、主人公なんて望んでない。こんな世界に生まれたくなかったっ! 誰かを犠牲にするぐらいなら僕がっ!」



 それ以上は言わせなかった。

 俺は月ヶ瀬の頬を、手加減をしたが強く叩いて止めた。



「死ぬなんて簡単に言うな!」



 死にたい、なんて今まで必死に生きてきたことを否定されたみたいで、月ヶ瀬にそんなことを思わせた自分も不甲斐なくて涙が出た。



「俺達はこの世界に生きているんだ。たとえゲームだったとしても、精一杯生きるべきなんだ。死ぬなんて、そんな、そんな……」



 写真でしか見たことのない、母の顔が頭に浮かんだ。



「そんな悲しいことを言わないでくれっ」



 俺の命だけじゃない。

 みんなのことが、とても大切になっていた。そこに例外はない。


 叩いてしまった頬に触れ、そして抱きしめる。

 どこにも消えないように、体温を分け与えるかのように、このまま一つになるのではないかというぐらい強く強く抱きしめた。


 腕の中で震えていた月ヶ瀬だったが、弱々しく背中に手を回してくる。



「……本当は」


「うん」


「本当はっ、死にたいなんて、思ってない」


「うん」


「でも僕がいたせいで、相君を不幸にしたって思ったらっ」


「うん」


「今まで、どれだけ能天気でっ、何も考えてなくて、馬鹿な自分が許せなくてっ。そんな自分は、死んでしまえばいいってっ」


「それは違う。月ヶ瀬は幸せな人生を送るんだ」


「幸せになれないよっ。相君を傷つけてきたのに!」



 背中に回った手に力がこもる。

 おえつまじりに、それでも伝えてきたのは心の叫びだった。


 月ヶ瀬のことを、俺はどう思っているんだろう。

 最初はいなければ、死ぬことは無いのにと思っていたかもしれない。

 でも今は違う。



「月ヶ瀬の、その明るさに何度も救われていたよ」



 月ヶ瀬はどこまでも善だった。

 少しでもずる賢いところや、人を陥れるところがあったら、俺はここまで一緒にいなかった。たまに不穏な雰囲気を醸し出す時はあったけど、それは人を傷つけるものではなかった。



「主人公だから愛されているとか、もう関係ない。お母様のことも、そういう運命だったんだ。月ヶ瀬や月ヶ瀬のお父さんのせいじゃない。だから、自分を責めないでくれ」



 言葉にすれば、すんなりと自分の中でも納得した。

 母の死は理不尽だ。でもそれは月ヶ瀬のせいにするのではなく、この世界に怒りを向けるべきなのだ。



「これからも一緒にいてくれ」



 腕の中の月ヶ瀬の震えが止まった。そして小さな声が聞こえてきた。



「……今度、お墓参りに一緒に行ってもいい?」


「ああ、ぜひ。お母様も喜ぶと思う」



 そのまま、しばらく抱きしめ合った。二人とも泣いていたが、それは悲しい涙ではなく、これから幸せになるために必要なものであった。





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