俺はただ悪役になりたくなかっただけ

瀬川

第1話 ある日、気がついた事実







 ある日、ここがゲームの中の世界だと気がついた。


 事故に遭ったわけでも、死にかけたわけでもなく、ただいつものように目覚めた時にいきなり分かったのだ。



 この世界の元になったゲームのタイトルは覚えていないが、設定や中身はだいたい知っている。



 ここはニホンという、日本に似ているようで微妙に違う場所だ。

 何が一番違うのかというと、日本でいうところの男しか性別が存在していないところである。女性は産まれない。ずっと昔から、そう決まっている。


 だから恋愛対象は、当たり前だけど男になるわけだ。



 つまり、このゲームのジャンルはBLだった。






「人生、上手くいかないな」



 ここがゲームの世界だとして、俺はどのポジションに生まれたのか。

 主人公でも、攻略対象でも、そこら辺のモブでもない。


 残念なことに、当て馬に近い雑魚悪役キャラだった。



 俺の名前は五十嵐いがらしあい

 ゲーム開始時点では十七歳だが、今はまだ十二歳の小学校六年生である。


 俺の兄二人と幼なじみが攻略対象であり、俺はその恋路を邪魔する存在だった。

 子供の頃からわがままで、攻略対象に邪険にされてもつきまとい、完全に嫌われていた。


 ゲームの舞台は高校で、もちろん俺も生徒だ。学園に存在する親衛隊という組織の隊長をしていた。

 いつも親衛隊の取り巻きを引き連れ、主人公に嫉妬していじめにいじめまくる。

 そして最後には、階段から突き落として怪我をさせようとするのだ。


 そのあとは主人公が落ちる前に、この時点で一番好感度の高い攻略対象が現れて助ける。俺はどうなるのかというと、現行犯というころで捕まってしまうのだ。


 捕まった後は、目に見えての転落人生を送る。家からは勘当されて、行き場が無くなり失踪する。もちろん後ろ盾も無しに、突然放り出されて生きていけるわけがなく、死亡したような描写をされていた。


 あと五年後、俺は一人で死ぬ。

 この世界が現実となった今、そんな未来はごめんだった。



「生きよう」



 ベッドの上でシーツを握りしめる。しわくちゃになったそれを見ながら、俺は絶対に生き残ることを決意した。







 俺が生き残るために必要なのは、とりあえずいい子でいることだ。

 家族も友達も知り合いも、何もかもが味方とは限らない。そんな中で、ゲームの終わりである高校卒業までは気を抜かずに生活する必要がある。


 ゲームも何もかも捨てて、逃げることも考えたが、その後の人生を考えると、成人するまでは家に残っていた方が何かと都合が良い。

 嫌われている状態でも、世間体を考えて学業や生活に必要なものの資金は出してもらえるからだ。

 決してこの世界に産まれる前の記憶を取り戻したわけではない俺には、今から一人で生活する勇気と能力がまだ無かった。


 臆病者だと言われるかもしれない。でも同じ立場になったら、この結論に至る人は多いはず。

 すでに家族からの好感度は、諸々の事情があって底辺に近い。だから下手に刺激しないように大人しく生活をして、相手の機嫌を伺えばいい。関わらなければ、なんとかなるだろう。



 俺はそっとベッドからおりると、鏡に自分の姿を映した。

 そこに映る姿は、一般的には可愛らしいものなのだと思う。

 俺を産んだ人に似ていて、まだ成長期に入っていないからか女の子にも見える。今にもこぼれおちそうなぐらい大きな黒い瞳に、サラサラの黒髪、桜色のほっぺ、ツンと少し上に向いた唇。


 これが十七才の時には、ほとんど変わりなく成長して美人になる。

 顔だけでいえば、攻略対象を見とれさせるほどだ。たぶん主人公よりも綺麗だ。



「でもなあ……俺の好みじゃないんだよな」



 可愛いよりも、格好いいと言われたい。

 ムキムキのマッチョ、サメや敵を倒せるぐらいの強い男になりたい。



「うーん、頑張ればなんとかなるかな」



 この美少年から、海外の俳優のようなマッチョに、今から鍛えればなれるかもしれない。



「健康な精神は、健康な肉体からだよな」



 突然ワガママだった俺が大人しくなっても、きっと疑われるだけだ。それを無視して鍛えていれば、いつかは変わったのだと信じてくれるかもしれない。



「身長を伸ばしつつ、筋肉もつける」



 鏡に手を伸ばした。

 そうすれば、鏡の向こう側の俺も手を伸ばしてきて、最後には合わさった。



「もしかしたら、全部を変えるかもしれないけど怒らないでくれよ。俺は死にたくないんだ」



 俺の中に眠っているのか、どこかに消えたのか、元々はあったはずのキャラの性格に謝る。

 そして心の中で、もうこの世界のどこかにいる主人公にも一緒に謝った。

 俺の存在の運命が変わることで、物語の流れも変わる可能性が高い。どういうふうな変化をもたらすかは今のところ不明だが、その恋路に迷惑をかけてしまうかもしれない。



「でもまあ、きっと愛されるだろうから、最後にはハッピーエンドになるよな。俺とは違って」



 主人公の愛され補正で上手くいくだろうと期待しつつ、俺は俺の運命を変えるために今日この日から新しい自分へとなることにした。

 とりあえず死なないのが、最低限の目標だ。




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