第2話 俺の兄その一
俺の家族構成はというと、父、兄二人、以上である。
産んでくれた母(男ではあるが立場的には母なので、これからはそう呼ぶことにする)は、三歳の時に死んだ。
その後は、使用人に育てられた。
産まれた時から、俺は母以外の家族に嫌われている。会話どころか姿を見るのも嫌だというばかりに、別館に追いやられた。
五十嵐家は、ニホン有数の大企業である。
父は社長で次男があとを継ぐ予定だ。
そんな立場だからこそ、父と母は恋愛結婚ではなく政略結婚で結ばれた。
母は父のことが好きだった。でも父はそうではなかった。だから母とは最低限しか関わらず、自分に似ている長男と次男は遠ざけた。
父の洗脳のような教育と、愛されないことでヒステリーを起こした母のせいで、兄達も父と同じように母を嫌っていた。
そして俺が母に似た顔で産まれた時、たぶん父を筆頭に憎しみのような感情が湧き上がったのだろう。
母と二人で別館に住まわせ、余程の用事がない限りは会うこともままならなかった。
この状況は俺のキャラの性格が歪んだ、一つの原因でもある。
「こんなところで何をしているんだ」
「……お兄様」
別館と本館の間にある運動場で体を動かしていた時、後ろから声をかけられた。
その声の主がすぐに分かり、振り返りながら呼ぶと舌打ちをされる。おおかた、兄と呼んだことが気に入らなかったのだろう。
「もう一度聞く。こんなところで何をしている。よからぬことでも企んでいるのか」
声をかけてきたのは、五十嵐家の長男であり俺の兄である五十嵐はじめ。
攻略対象その一である。
年齢はゲーム時点で二十六歳。今はたぶん二十一歳だ。
父に似た金色に近い明るい茶髪に、鋭さのある青い瞳、いつも怒ったように口元を引きしめている。でも攻略対象なだけあって、容姿は整っていた。
この人は、父の次に俺を嫌っている。それは父と母の影響を、一番受けたからだろう。
だから今も、俺が犯罪でもしたぐらいに険しい顔でこちらを見ている。
「黙っているということは、やっぱり何かよからぬことを考えているんだな。こんなところに珍しく来たと思ったら、油断も隙もありはしない」
黙っている姿に何を勘違いしたのか、責めるような口調で言い放った。そしてそのまま勢いよく近づいてきたかと思えば、手首をひねりあげるように握ってきた。
全く遠慮していない強さに、痛みで顔が歪んだ。
「っ」
どれだけ俺を信用していないのだろう。
確かにわがまま放題だったが、こうしたのは周りだ。
さすがに納得いかなくて、その手を強く振り払った。向こうが驚いた顔をしたが構わない。
「ただ体を動かしていただけで、なにもやましいことはしていません。したがって責められる理由は無いです」
後ろに下がって距離をとりつつ、掴まれた手首を確認する。
うっすらと赤く染まって、多分少ししたらあざになりそうだ。痛みが長引く前に冷やさなくては。
もう体を動かしている場合じゃないと、俺は家に戻ろうとした。
「おい」
でも一歩踏み出そうとした途端、後ろから呼び止められる。
「なんでしょうか」
いなくなろうとしているのだから、喜んで見送ってくれればいいのに。
とても面倒くさい。思わずため息をついてしまって、下手なイチャモンをつけられると口を押さえた。
「なんだその態度は。それに敬語なんて、頭でも打ったのか」
確かに今までの俺だったら、その姿を見つければ甘ったれた声ですり寄っていただろう。邪険にされてもめげずに、まるで子供のように話しかけていた。
でも今の俺は昔と違う。
「もういい歳なんだから、節度を持った言動をするようにと何度も言われていたので。自覚を持つことにしただけです」
顔だけ振り返る。
驚いたような苦虫を噛み潰したような、とにかく変な表情を浮かべていた。
「あんなに言うことを聞かなかったくせに、なんの心境の変化だ。お前が大人しくなるなんて、ありえない」
「信じてもらえなくてもいいですよ。どうせ信じられないのは分かっていますから。もうわがままを言ったり、付きまとったりしませんから、そっとしておいてください」
「なっ」
言いたいことだけ言って、俺はまた前を見た。次は声をかけられても立ち止まらないと思っていたけど、幸いなことに何も聞こえてこなかった。
別館の自分の家に戻ると、俺はさっそく掴まれた手首の治療を始める。
さきほどよりも赤みが増していて、ジンジンと鈍い痛みを訴えている。遠慮なく掴みやがって。加減というものを知らないのか。
先程の顔や話を思い出すと、苛立ちが湧き起こってくる。せっかく自分改造計画を実行しようとしたのに、成果をあげる前に中断させられた。
年の離れた兄という存在は、本来優しく接してくれるものじゃないのか。記憶をさかのぼってみても優しくされた覚えがなくて、俺にとやかく言えるような性格をしていない。
「あれが教師になるんだから、世も末だよな」
五十嵐はじめ。長男であるのにも関わらず五十嵐家の後継者じゃない理由は、学園の教師として登場するからである。
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