第119話 古城の反応






 じっと息を潜めて待っていると、拘束をとかれた鬼嶋が、いつの間にか隣にいた。

 そっと手を包み込み、氷のように冷たくなった俺の手を温めてくれる。



「だいじょーぶ。だいじょーぶ」



 ゆるい言い方は落ち着かせた。

 俺の方からも、鬼嶋に体重をかけて寄りかかる。



 そろそろ話に対する答えが出たようだ。

 唇を結んで、眉間にしわを寄せている姿からは、答えの想像がつかなかった。



「だから、僕と最初に会った時に、あんなに怖がっていたんだね」



 話しかけて来たのは古城だった。

 その声は、何か大きな感情を押し殺しているように聞こえた。



「……ラスボス、か。しかも随分と頭がおかしい。いつか僕がそうなると心配していた?」


「それは……」



 違うといえば嘘になる。

 現に俺は怖がって、なんとか機嫌を損ねないようにしていた。



「僕が怖い?」



 怖い、のだろうか。

 肯定も否定も出来なかった。

 すぐに返事を出さない俺に、古城は何を思ったのだろう。



「……少し、二人きりにさせてもらえないかな?」



 何かを押し殺したまま、みんなの許可を聞く前に、古城は俺の腕を掴んで外へと連れ出した。止める人はいなかったので、俺達はそこから少し歩いたところまで行く。



「古城お兄様……」


「……それも僕に媚びを売るためなのかな。お兄様って呼べば、優しくしてもらえると期待した?」



 いつもの柔和な雰囲気はなく、髪をかき乱しながら睨みつけてきた。

 怒っている、でもそれ以上に悲しんでいるように見えた。



「そうだよね。自分を殺すかもしれない人間が近くにいたら、出来る限り刺激しないようにって思うのが普通だ。ましてや、あの時はほんの子供だったんだから」



 古城の言う通りだ。

 俺は媚びを売って、なんとか印象を良くしようとしていた。本心から慕っていたわけじゃない。



「僕は……それでも、いや……そばにいない方が……君にとって良かった?」



 混乱して考えがまとまらないらしい。

 意味になさない言葉を呟く姿は、今にも消えてしまいそうだった。



「確かに最初は、怖かった。俺を操って破滅させるんじゃないかって、信じないように頼りすぎないように警戒していた」


「そうだよね。……分かっている」


「でも今は、そんなこと関係なく一緒にいた」


「……気を遣わなくても大丈夫だよ。真相を知っても、手出しはできないから。何もしない」


「違う。媚びを売りたくてとかじゃない。俺だってもう高校生になったんだ。遠ざけたかったら、一生関わらないようにも出来る。怖かったのは、俺の正体を知られてみんなが俺の元からいなくなることだった。その時点でもう、みんなが俺にとって大切な存在になっていた」



 みんなが好意を向けてくれているのを、分かっていても気付かないふりをしていたのは、後でいなくなった時に心が壊れないようにするため。

 結局いつも自分のことしか考えていなかった。どこかで、みんなのことをゲームのキャラだと区別していたのかもしれない。


 俺が生きているように、みんなだって生きている。

 これまで一緒にいて、そんなことにも気づかなかったなんて、なんて馬鹿だったんだろう。


 古城をそっと抱きしめた。

 この距離でも怖いと感じない。

 むしろ心臓の音が聞こえてきて、安心出来た。



「古城お兄様、俺はここにいて逃げない。だから信じてほしい。本心から好きだってことを」


「……しんじる」



 苦しいぐらいに抱きしめ返された。

 古城が顔を埋めている肩が濡れていく感覚。俺はそれには触れずに、ただ頭を撫でて落ち着かせた。






「……ゲームの僕も、相君のことを嫌ってはいなかったと思う」


「俺を一人にしようとしていたのに?」



 ようやく泣き止んだ古城は、赤い目を見せないようにしながら、そんなことを言い出した。

 本人に言われても信じられる話ではなく、俺は首をひねる。



「怖がらないでほしいんだけど、僕も何回も考えたことがある。相君を独り占め出来たらなって。綺麗で可愛いくて、色々な人を魅了する。どこかに閉じ込めて、自分だけを見てもらいたい。ゲームの僕もそう考えて、孤立させようとしていたのかもしれないね」


「……うーん」


「信じられない? まああくまでも想像でしかないけど。当たっていると思う」


「それなら、どうして俺は死んだような感じになっていたんだろう。やっぱりただの駒として、利用していただけじゃないのか?」


「でも、はっきりと死んだと書かれていたわけじゃない。もしかしたら、僕がどこか人目のつかない場所に閉じ込めた可能性もあるよね」


「そんな楽しそうに監禁発言されると……吹っ切れすぎ」


「本心から好きだって言ってもらえたからね」



 元気になったのはいいけど、やっぱりどこか普通じゃない。

 ネジが外れているのは生まれつきのようだと、俺は一応念の為に確認する。



「今は別に監禁したいとか考えてないよな?」


「ふふふ」



 その笑いは答えになっておらず、ただただ薄気味悪かった。



「もう少し話したかったけど、そろそろ帰らないと爆発しそうかな」


「え、爆弾?」


「そうじゃなくて、相君と話をしたいのは僕だけじゃないってこと」



 少しだけと言ったけど、いつの間にか時間が経っていた。

 帰ろうと手を差し伸べてきた古城に、俺は警戒せずに手を取ろうとした。



「隙あり」


「っ」



 強く腕を引かれ、身構えていなかったせいで前に倒れ込む。

 その瞬間、額に柔らかい感触がした。



「こ、じょうお兄様」


「本当はここにしたいけど、それはまだにしとくよ」



 そう言って唇に触れられ、ぞくりと背筋を電流が流れたような気がした。



「あんまり気を許すと……遠慮なく食べちゃうからね」



 妖艶な笑みに、顔が熱くなるのを自覚しながら、勢いよく胸を押して距離をとった。

 そのまま古城に背を向けて、みんなのところへ早足で歩く。


 後ろからついてくる気配は、とても楽しそうだった。






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