第54話 家へと帰り





 今日は久しぶりに、家族そろっての夕食だ。


 兄達は学園の寮にいるので、長期の休みじゃない限りは、ほとんど帰ってこられない。

 それでも俺が思っているよりは、帰ってくる頻度は多い。



 父と二人きりが気まずいとは言わないが、人数が多い方が楽しい。

 隣や向かいに人がいる。それだけで嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。



「相お坊ちゃま、随分と楽しそうですね」


「やっぱり分かるか。引き締めようとしているけど、勝手に笑ってしまう」



 言葉だけだと、まるでおかしくなったみたいだ。でも本当に、勝手に笑ってしまう。

 思っていた以上に、俺は家族のことを好きになっているのかもしれない。


 まさかそれを自覚させられるとは。まだ父達が来ていなくて良かった。こんな姿は、絶対に見せられない。


 来るまでに、なんとかいつもの顔に戻らなくては。

 頬を叩いて気合を入れていれば、高坂がまた笑う。



「そんなに笑うなよ」


「いえ。あまりにも行動が似通っていると思いまして。先ほど、同じ行動をされている方を三人見かけました」



 その三人は、俺のよく知っている人か。

 高坂の態度で、すぐに誰だか分かる。

 俺と同じように、嬉しいと思ってくれているのなら、もっと家族らしくなれる。


 いつか俺は、この世界から消えるかもしれないが、本物の五十嵐相に貸しを返せるかもしれない。

 そう思うと名残惜しさはあるけど、いい結末に感じられた。



「相お坊ちゃま、学園に通われてもこの家のことを忘れないでくださいね」


「どうした急に。高坂も一緒に明日から学園だろ? もしかして来られない事情でも出来たのか?」


「心配なさらないでください。私はお供させていただきますが、相お坊ちゃまと一緒にいたくても離れる方がいらっしゃいますので」



 高坂は、三年の間に俺の家族に対する考えを変えていた。

 家を出た方がいい、という提案をしなくなったのが一番の変化だ。

 高坂の目から見て、それぐらい俺は大事にされている。



「お父様のこと、俺が行けない時は気にかけてくれるか?」


「かしこまりました」


「あ。それと、どこでもビデオ通話が出来るように設備を整えておいてくれ」


「すでに手配済みです」



 それなら俺も返さなくては、そう思って提案したが、高坂の方がとてつもなく優秀で必要なかった。



「旦那様は皆様が卒業されるまでの間に、世界を飛びまわる時期もあるそうなので、海外に行ったとしても大丈夫です」



 本当に優秀だ。

 もう何度も思っているが、どうして本館の方で働いていないのか不思議なぐらい、優秀すぎる。


 それにしても、海外か。

 そのことについて深く考える前に、父達が来てしまった。

 いつも以上に表情が固いのは、緩んでしまうのを本当に抑えるためだったら面白い。


 まるで初めの頃のように、無言のまま食事が始まった。

 カチャカチャと食器と皿が触れる音が響く。

 でも気まずさはなくて、俺を含めてみんなが話すきっかけを探しているようだった。


 何も思い浮かばないのか遠慮しているのか、誰も何も話そうとしないので一肌脱ぐ。



「お父様は、仕事で海外にも行かれるのですか?」



 ここで兄に話しかけると父の機嫌が悪くなるのは体験済みだから、父に向かって話しかけた。



「ああ。高坂から聞いたのか?」


「はい。海外ではどういったことを?」


「海外にも支社がある。それについての視察といったところだ」



 俺は後継ぎになれないから詳しく教えられていないが、手広く事業をしている。

 むしろ、今まで夕食をとれるほど家にずっといたことの方がおかしかったのだ。



「向こうに行ったら、空いている時間の少しだけでもいいので、俺と話をするのに割いていただけますか?」



 今は、この人が俺の父親だ。

 ほとんど可能性はないが、万が一にでも事故に巻き込まれでもしたらと心配はする。

 高坂が気にかけてほしいと言わなかったとしても、この提案はしていた。

 でも父は全く予想していなかったとばかりに、驚いて目を見開いている。



「話を、してもいいのか?」


「当たり前じゃないですか。学園に慣れてから、勉学に支障のきたさない範囲にはなってしまいますが。お父様と話がしたいです。もちろん、お仕事が忙しいときは我慢しますから」


「そうか」



 分かりやすく父の機嫌が良くなった。

 兄達が邪魔や文句を言わないのは、二人とも同じように心配していたからだろう。



「はじめ、暁二」


「「はい」」


「明日から、よろしく頼むぞ」


「当たり前です」


「変な奴がいたら、俺が排除する」



 どうやら心配されていたのは、俺もだったようだ。

 次男は好戦的で、その勢いだと最終的に俺の周りには誰も残らなそうである。



「そんな変な人なんていませんから、大丈夫ですよ」



 不審者は学園のセキュリティに阻まれて、敷地内に侵入することすら不可能。もし仮に入ってこられたとしても、俺には高坂がいる。

 そこまで心配しなくてもいいはずだ。



「……くれぐれも頼む」


「はい」


「全くだな」



 それなのに何故か、大きなため息と共に三人は俺抜きで頷き合う。

 どうしてそんな反応をするのだと高坂を見れば、こちらもこちらで額に手を当てていた。


 一体なんだ。

 ジトっとした目を向けても何も変わらず、結局誰も教えてくれることはなかった。






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