第53話 入学式が終わり
入学式は滞りなく終わった。
新入生代表として俺の名前が呼ばれた時はざわめきが大きくなったが、好意的な反応が多かったと思う。
可愛いというよりも、どちらかというと綺麗だと言われることが多くなった。そのせいか、色々な人からそういう視線を送られた。
分かっていたことだが、いざ対象にされていると実感すると居心地の悪さがある。
それも、きっといつかは慣れるのだろう。
今日は入学式だけで、クラス分けやその他の手続きは明日することになっている。
会場を出ると、すでに月ケ瀬と秀平が待っていた。
でも二人だけではなかった。
「お父様。暁二お兄様」
行きは先に家を出たから、今日初めて会う。
口を固く結んで、俺の姿をじっくりと見てくる。長男と同じようなものを感じた。
新入生代表挨拶は上手くいったと思ったのだが、あれでは満足してもらえなかったのだろうか。
謝るべきか迷っていると、向こうから近づいてきた。
「あ、えっと」
「よくやった」
「へ」
耳を疑った。
父が、俺を褒めた。それも素直に。
思わず口を大きく開けて固まる。
そんな俺を見て、隣の次男がふっと鼻で笑う。
「間抜け面」
こっちは通常運転だ。
「……入学おめでとう」
いつも通りの姿に安心していたのに、まさかの裏切りだった。
最近、昔の反抗期みたいな状態が、本当に少しずつではあるが弱まっている。歓迎するべきことかもしれない。でも素直に喜べない俺がいた。
「ありがとうございます。今日からよろしくお願いしますね」
これから次男とも同じ学校で生活する。
寮だから、家に帰る機会が少なくなるはずだ。
父はあの家に一人になる。あんな大きな屋敷に、使用人はいるけど一人で住むなんて寂しいし無駄だと思う。
でも父にとっては、きっとなんてことないのだろう。
「いや、聞いてなかったのか。今日は家に帰る」
「え。そうなんですか」
今日から寮で過ごすのかと覚悟して、色々と用意していたのに。
でもまあ高坂も家にまだいるから、迎えに行くという名目で帰るのもいいか。
「はじめお兄様もですか?」
「当たり前だろう。それ絶対に言うなよ。兄貴絶対に拗ねるから」
「はあ」
別に俺の一挙一動に、惑わされるようなタイプじゃない。
年々父に似てきていて、並んでいると親子だとすぐに分かる。
次男もそうなるはずだ。
俺だけが母に似ている。成長してからは、さらに面影があると高坂が言っていた。
そんな俺の顔を見ていて、なんとも感じないのか。感じていて、あえて隠している可能性もあった。
「そっか。相君ともう少し話をしていたかったけど、家に帰るのなら仕方ないね」
月ヶ瀬が頬を膨らませた。
こうしてこの面子で揃っていることに、違和感がある。勝手に会っていた俺は言うことではないが、本当は関わるべきではなかったかもしれない。
まだ父達は、あの人とも定期的に会っている。
母のお墓には、あれから俺は連れて行ってもらえていない。一人で行こうと思えば行けたが、きちんと許してもらえるまではと止めておいた。
月ヶ瀬は、父達と一定の距離を置くようになった。
俺に遠慮をしてでは無く、なにか思うことがあったらしい。
「また明日」
山梔子は家族と表面上は仲良くしているが、成人したら家を出ると決めている。
兄と比べられると落ち込んでいるので、そういう時は何も言わずに傍にいた。
それがどこまで効果があるのか、本人に聞いたことは無いので知らない。
俺は月ヶ瀬と山梔子に別れを告げて、父達と家へと帰ることにした。
「相お坊ちゃま、お疲れ様でした」
「ああ、ただいま」
別館に戻ると、まっさきに高坂が出迎えてくれた。
その顔を見て、一気に力が抜ける。
「入学式はいかがでしたか?」
「何事もなく終わった。高坂も来られれば良かったのに」
「仕方がありませんよ。従者は参加出来ない決まりでしたから」
「そうだけど」
他の家や世間では、従者のことを同等の人間として扱っていない方が多数だ。そのせいで、従者はこういう式典には着いてこさせないのが、当たり前になっている。
俺は最後まで粘ったけど、当の本人である高坂に諭されてしまった。
次に何かあった時は、絶対に高坂も一緒だ。
「それに、きちんと相お坊ちゃまの勇姿は見させていただきました」
「見たって、どうやって?」
「入学式の様子は、実は中継されておりまして、使用人一同見守っていたのです」
「そ、そうだったか」
確かにカメラが何台かあったのには気づいたが、学園で使うものだと思っていた。
「というか、全員で見ていたのか聞いていない」
高坂が見ていただけでも驚きだったのに、全員となるとそれはそれで恥ずかしい。
「旦那様のご命令でしたので」
「命令? お父様が?」
なんだ、そのよく分からない命令は。
わざわざみんなに見せて、どうするつもりなのだ。
意図が読めない。これから、何かに利用出来るとも思えない。
「あの人は、一体何を考えているんだ」
父の考えが読めなくて、ため息を吐く。
「案外、答えはシンプルなものかもしれませんよ」
「高坂は何か知っているのか」
「直接教えられたわけではございませんが、旦那様は相お坊ちゃまのことを自慢したいのでしょう」
「あの人が?」
「ええ」
信じ難い話だが、俺よりも高坂の方が父の考えに詳しい。
「相お坊ちゃまは、随分立派に成長なさりましたから、自慢されたいお気持ちはよく分かります。今日も、みんな喜んでおりました」
「……そう」
そんなふうに褒められると、嬉しいけど恥ずかしい方が大きい。
顔が熱くなって、隠せば笑われた。
「きっと旦那様は、それ以上に喜ばれていたはずです。旦那様だけではなく、はじめ様も、暁二様もです」
古城も同じようなことを言っていたのを思い出す。
そして今日の父と兄達の挙動を振り返って、また大きなため息が出た。
「それなら嬉しいけど、不器用すぎるだろ」
あんな仏頂面されたら、誰だって機嫌が悪いと誤解する。
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