第52話 いざ入学式






 会場の前で二人とは分かれた。

 ついてきたそうな顔をしていたけど、さすがにそこまでは怒られる。

 終わったらまた会う約束を取り付けて、何とか納得してもらった。


 会場に入る前からすでに注目されていていたたまれないが、これからのことを考えると慣れるしかない。

 それにしても会場内は、新入生と在校生、そして保護者もいるから圧巻という言葉が似合うぐらい人がいる。

 でもその一人一人の顔は、透明人間みたいというかはっきりしないというか、記憶に残らないという不思議な現象が起こっている。


 心霊現象とかそういうことではなく、ただ単に物語に関係の無い人は、その他大勢に分類されているのだろう。


 これを見ると、やっぱりゲームの世界なんだと実感させられる。

 今までも同じような光景は見てきたから、ショックを受けることは無くなった。

 むしろ重要なキャラが、一目で分かりやすい。


 たくさんいる中で、言葉通り毛色の違う何人かは、絶対にゲームの登場人物だ。

 知り合いもいるし、こっちが勝手に知っているだけの人もいる。



 月ヶ瀬のいない一年の学園生活の間で、俺はどこまで生存率を上げられるだろう。

 この中の全員と仲良くなった方がいいのか、それとも少人数と関係を深めればいいのか。


 何にも縛られていない俺だったら、たぶん目立たずに生活する。

 でも俺はそれを許されない。


 他の人と同じところではなく、俺は壇上に近い場所まで歩く。

 そんな俺に向けて視線が突き刺さるが、なんてことないように進む。



「久しぶり」



 あらかじめ言われていた場所まで行くと、知っている顔が出迎えてくれた。



「久しぶりですね。古城お兄様」



 周りに人がいるから、丁寧な口調で挨拶をする。



「ここではお兄様じゃないよ」


「あ、すみません。古城先生」



 先生。まだ言いなれないけど、お兄様と呼んで周りを驚かせるよりはマシか。



「しばらく会わないうちに、背が伸びたかな?」


「この前会ったのは、三ヶ月前でしたよね。たぶんその頃よりは、少し伸びたと思います」


「その制服、とても似合っている。まるで相君のために作ったみたいだね」


「ありがとうございます」



 俺としてはコンサートや舞台の衣装みたいで、まだ全然着慣れていないけど、褒められると嬉しい。



「本当に似合っている。はじめもそう思うだろ?」



 気づかないようにしていたのに、話しかけてしまった。

 もう無視していることも出来なくなって、俺は古城の後ろに立っていた長男を見た。



「はじめおに……先生。お久しぶりです」



 ずっと何も言わずに見てきたから、視線で顔に穴を開けるつもりかと思ったぐらいだ。

 今も無表情で立っている。



「ごめんね。今日、相君と会えるのを楽しみにしすぎて、思考停止しているみたい」


「はじめ先生に限って、そんなこと」



 俺と会えるのを楽しみにしている長男なんて、全く想像出来ない。

 喜ばせようとして、大げさに言い過ぎである。



「僕の言うこと信じてないでしょ。昨日からずっとソワソワしていたから、面倒だったんだよ」



 どう言われようと信じられない。

 もしそれが本当だとしても、今こうして何も言わずに見つめてきているのはどうしてなのか。



「ほら。どうせ見とれているんだろうけど、ちゃんと褒めてあげないと伝わらないよ」



 長男の腰の辺りを小突いて、古城が俺の方に押し出した。

 目の前に来た長男は手を伸ばしてくる。

 何をされるのかと待っていれば、ネクタイに触られた。



「少し緩んでいる。身だしなみは大事だ」


「あ、すみません」



 鏡で確認したはずだが、そんなに緩んでいたのだろうか。

 おとなしく直してもらっていると、古城が俺達を見て笑っていた。



「仲良しで羨ましいな」



 これを見て、どの辺りに仲の良さを感じとったのだ。

 俺は微妙な視線を向けつつ、長男に向けて笑みを向ける。



「ありがとうございます」


「別に。お前がだらしないと、俺達に迷惑がかかるから、ただそれだけのことだ」


「はい。分かっております」



 距離が思っていたよりも近かったせいかそむけられ、そして視線が合わなくなる。やはり、これのどこが仲良く見えるのか。古城の考えは全く同意出来ない。



「……似合っている」


「何かおっしゃいましたか?」


「いや。なんでもない」



 あまりにも小さな声だったせいで、この距離にも関わらず聞き取れなかった。

 もう一度尋ねたが、さらに表情をしかめて黙り込んでしまった。


 怒らせてしまった。

 フォローしたほうがいいかと話しかけようとしたが、その前に古城が間に入ってきた。



「そろそろ入学式が始まるし、準備をしておいた方がいいと思う」


「あ、本当ですね。それでは、また。古城先生、はじめ先生」



 確かに入学式が始まる時間だ。

 時計を見て確認すると、二人に別れを告げる。



「またね」



 古城はひらひらと手を振ってくれたが、長男は何も言ってくれなかった。

 そのことに少しだけ寂しさを感じながら、制服のポケットの中に入れた紙を確認する。



 まさか俺が新入生代表に選ばれるなんて。

 目立たない学園生活は望めそうにも無いと、俺は大きく息を吐いた。






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