第83話 学園長との話
紅茶は美味しかった。
でも緊張がほぐれるわけがなかった。
「美味しい、です」
「それは良かった。待ち望んでいるみたいだから話をしようか」
「はい」
俺が紅茶を飲む姿を、一挙一動呼吸の仕方まで見てこられたら、緊張はほぐれるわけが無い。
これから面接でもされるのではないかと勘違いしそうになるぐらいだ。
「君の話はよく聞いているよ。なかなか興味深い」
「俺は普通に学園生活を送っているだけです」
「別に責めているわけじゃないんだ。ただ……この学園に関わるようになって、まあまあ長いんだけど、君みたいな子は珍しいね」
世間話という体で、探りを入れられている。
学園長の気に触るような何かを、知らないうちにやってしまったのかもしれない。
もしかして親衛隊か、それともプレゼント騒ぎか。どっちもの可能性もある。
「申し訳ございません」
「責めているわけじゃないって言っただろう。むしろ感心しているんだよ。君のお兄さん達も凄いけど、群を抜いて行動が読めない。私の息子と同じぐらいにね。知っているよね」
「はい、知っています。たまに会って話をするぐらいですが」
「君に随分と懐いているみたいで、よく話を聞かされていたんだ。予想していたのとは、全く違っていたけどね」
「もっと可愛い子の方が心配なかったですかね」
「いや、予想よりもずっと可愛らしい」
「またまた、そんなお世辞をおっしゃられなくても、自分のことは一番よく分かっています」
「手強いねえ」
相手の望んでいるものが分からないから、当たり障りなく会話をするしかない。
「私のことは覚えているのかな?」
「覚えている? 入学式のことですか?」
「違うよ。ずっとずっと前の話だ。君がもっと小さかった頃だね」
小さい頃。
それは俺になる前の話なのだろうか。
そうだとしたら、覚えているわけがない。
「すみません。よく、覚えていません」
「仕方の無い話だ。本当に小さかったからね。あの時は確か……冷さんと一緒にいたんだ」
「お、母様とですか」
俺は母を覚えていない。
情報でしか知らない。そして他の人には、特に家族には聞くことが出来なかった。
「お母様はどんな人でしたか?」
「冷さんは、とても綺麗な人だったよ。君は、よく似ている」
「昔は似ていたかもしれませんが、今は鍛えていますし、そこまでだと思いますけど……」
「いいや。こうして近くで見て確信した。本当に似ている」
気づいた時には、俺の顔に向かって手が伸ばされていて、その手を権守が叩き落としていた。
「お、おい。何してんだ」
さすがに学園長の手を叩き落とすのはまずい。相手は一応まだ何もしていないのだ。
「お坊ちゃまには手を触れないでください」
怒ったのだが、権守は涼しい顔で答えた。全く反省している様子はない。
「ごめんごめん。許可もなしに触ろうとするのは良くないよね」
学園長は学園長で、叩かれた手の甲をさすりながらも、怒っている様子はなかった。むしろどこか楽しんでいるようにも見えた。
「あまりにも似ているから思わず、ね。でも、こういうのは良くないのは分かっているよ。本当にごめんね。怖かったかな」
「いえ。少し驚いただけなので、えっと、お母様の話をもう少し聞かせていただけませんか?」
驚いたけど、それよりも母の話を聞ける方が俺にとっては重要だった。
「……そうだねえ。冷さんは、綺麗だったけど、大人しく付き従う性格では無かったね」
「そうですか」
それは軽く言った方だと考えて、強烈な性格だったわけだ。
まあ、父を始め兄達に嫌われるぐらいだったから、簡単に予想がつく。
「私が会った時は、君がまだ一歳か二歳ぐらいで、まだ元気だった。とある用事で五十嵐家に行ったんだけど、道に迷ってしまってね。そして君達が住んでいた別館に辿り着いたんだ」
その話は嘘だと思った。
俺の家では客人を招く際は、使用人の誰かが迎えに行く。迷子にさせるわけが無い。
ツッコミどころはあったが、話の腰を折るのも良くないと考えて何も言わなかった。
「そこで庭で君と遊んでいる冷さんがいてね。最初は警戒されたが、きちんと身分を明かして、少しだけ話をさせてもらった」
「どんな話ですか」
「これといって重要な話じゃなかったかな。君の話ばかりだったよ。冷さんは君のことが大好きだったのが、すごく伝わってきた」
「そうなんですね。お母様のことはほとんど覚えていなくて。話が聞けて嬉しいです」
「それなら、私が知っている限りの話をするから、いつでも来ていいよ」
「お邪魔じゃなければ、またぜひ聞かせていただきたいです」
俺としては話を聞きたいから、社交辞令にはしたくなかった。
権守は未だに警戒しているけど、一緒に連れていけば文句はないだろう。
「私の息子とも仲良くしてほしいけど、私個人とも、ぜひ仲良くしてもらいたいからね」
「そんな……恐れ多いですよ」
「いや、私は本気だよ」
触れてはこなかったけど、まるで体全体を撫でられた気分だった。服の下で鳥肌が立つ。
「……お互いの予定が合う時で、お母様の話をまた聞かせてくださいね」
急に怖くなって、詳細な日程を決めるのは止めた。
「君は人気者だからなあ。随分後のことになりそうだ」
「そんなことないですって……はは」
俺の考えていることが読み取られたように、引っかかる言い方をされた。
それでもなんとか避けて、明確な約束事はせずに話を終わらせた。
「また、絶対に会おうね」
「……はい」
絶対という言葉を強調されたのは、俺の気のせいじゃない。
帰ってから権守には、二度と行かないようにと忠告された。
受け入れたかったけど、呼び出された時には断ることは出来なさそうだ。
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