第94話 俺の道筋





 次の日、俺の親衛隊である宣言がされた。

 今まで非公式に親衛隊の複数所属が認められていたが、それを公認するというものだった。


 俺に対する心配の声が上がり、規模を拡大するためにおかしな手段に出たのかと思われたけど、きちんと俺が認めたのを伝えた。


 親衛隊と距離をとるくせに、自分以外を好きになるのは許さない。それは矛盾している。

 好きになる対象が多いのはいいことだ。でも行動には気をつけるように。


 自由の意味を履き違えないように警告はしておいて、許可を出した旨を言うと、みんな感動した顔をする。



「さすが五十嵐様……慈悲の精神が凄い」


「……一生ついて行きます!」



 おおむね賛成の言葉だった。

 近くにいたイチが小声で、「宗教みたい」と言っていたので、見えない位置で小突いた。

 俺も少し思ったが、口に出して言うものじゃない。



 この宣言もまたたく間に学園中に広まり、親衛隊のあり方を見直される結果となった。

 俺の親衛隊を見習い、隊を改革するところが増えて、どんどん昔の形態とは変わっていっているらしい。


 それがいい変化だから、俺はとても嬉しく思う。






「呼び出して悪かったな」


「いいよ」



 入学式も無事に終わり、新入生が入ってきた。

 その中には攻略対象もいる。

 こっちと話をしてみたいとも思ったが、まず先に桜小路と話すことを選んだ。


 桜小路のいるクラスは事前に把握しておいて、そこのクラスにいる親衛隊に約束を取り付けてもらった。

 騒ぎになるのは望んでいなさそうなので、そこは配慮した。



 あらかじめ予約をしておけば生徒も使える教室に、桜小路と向かい合って座る。

 高坂に軽食を用意してもらって、飽きて帰らないように対策をした。大事な話をするから帰られたら困ると思ってだ。


 呼び出した理由を言っていないのに、特に不安がっている様子もない。内容を察しているのか。


 どう切り出したものかと、お茶の入ったカップを見つめる。

 ゆらゆらと揺れるのは、俺の手が動いているせいか。どこか恐怖を感じているようだ。



「……帰り方、知りたい?」


「っ!?」



 突然の言葉だったが、俺はすぐに反応した。



「知っているのか?」



 桜小路は不思議だ。

 俺の正体も見破ってきた。この世界についての何かも、知っているかと思って今日呼び出した。でもまさか、ここまでの話題が出てくるとは期待していなかった。


 もし本当に知っているのなら、教えてもらいたい。

 はやる気持ちを表すように、前のめりになると、視界にある顔が少しだけ歪んだ。



「そんなにこの世界は嫌い?」


「え……」


「帰り方が分かったら、すぐに元の世界に帰るの?」


「それは……」



 俺が俺になって、数年の時が経った。

 友達も仲間も、大切と呼べる人は何人もいた。

 帰るということは、その人達にもう二度と会えないということだ。



「それでも、俺は、帰り方を知りたい」


「みんな絶対に悲しむよ。気軽に帰ったり戻ったり出来る場所じゃないんだから。それでも方法が知りたいって言うんだね」



 俺に対して過大評価をしていたとばかりに、ガッカリとしていた。

 背もたれに深く寄りかかり、これ以上は話を進めたくないといった表情だ。



「ああ、知りたい。でも今すぐに帰るつもりはない」


「どういうこと?」



 でも俺の言葉に、興味を引かれたように背もたれから離れる。



「この世界が、本来の五十嵐相のものだという考えは変わっていない。でも俺が知っている展開から、随分とかけ離れた。今すぐ俺が帰って、元の魂がすぐに戻ってくる確証がないから、ある程度の区切りがつくまでは、この世界にとどまる予定だ」



 ある程度の区切りというのは、五十嵐相が死なない未来を手に入れたところだ。

 もちろんその前に戻ってきたら、喜んで変わる。



「まだ帰るつもりはなくても、これから何が起こるのか誰にも分からない。中途半端な形で終わらせないけど、いつでも対策出来るように教えておいてもらいたいんだ」


「そういうことならいいけど、一つだけ条件があるよ」


「条件?」


「もしその方法をする時には、必ず僕に言って」



 桜小路のことだから無理難題か、よく分からない頼み事をしてくるかと思った。別に言うぐらいなら構わない。



「分かった。必ず先に言う。それで、どうやるんだ?」



 まさか桜小路が知っているなんて。不思議なことばかりだが、もしかして俺と同じ立ち位置なんだろうか。

 それは後で聞くことにして、今はまず帰る方法だ。



「冗談じゃないから、怒らないで聞いてね」


「怒るわけないだろ」


「言ったね。……帰る方法は、強い気持ちを持つこと。帰りたいって、強く強く願うんだ」


「……それだけ?」


「そう。それだけ」



 冗談を言ったんじゃないか。

 怒らないと約束していなければ、問い詰めていただろう。

 でも桜小路は真剣な顔をしている。



 帰りたいという、強い気持ち。

 強く強く願う。


 たったそれだけで帰ることが出来るのなら、どうして今まで帰れなかったんだ?

 何度も帰りたいと思っていて、今だってそうなのに。その気持ちが足りないとでも言うのか。


 呆然として、迷子になったかのような気分だ。

 そんな俺を桜小路は、同情するように悲しそうな目を向けた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る