第35話 古城と新たな攻略対象






 古城に捕まった。

 いや、傍から見れば俺と古城は親しい関係だから、話を続けているように見えるのだろう。実際は、ほとんど脅されて無理やりいるようなものだ。


 誰か突撃してくれてもいいのに、そんな勇気のある人が今のところ現れない。

 早く解放してくれないかな。

 世間話をしながら、俺は会話を切りあげるタイミングを見計らっていた。

 それなのに古城は、全く話を終わらせる隙を与えてくれず、次から次へと話が発展していく。それが中々興味深い内容なせいで、打ち切ることも出来ないのだ。


 視線は感じるのに、誰も助けてくれない。

 頼みの綱である父と兄達は、他の客人を相手にしていてこちらに来る気配がなかった。


 これじゃあパーティーの間、ずっと古城の相手をしているようだ。

 さすがにそれはまずいと、俺は抜け出せそうな打開策を探した。でも一人では、どうしようもならなかった。



「相君、なにか他に気になることでもあった?」


「へ? い、いえ。何も」


「そう? なにか意識が別の方にいっているようだったから。僕の話、そんなにつまらなかった?」


「そんなことないですよ!」


「本当かな?」



 圧がすごい。

 俺が意識をそらしているのを、目ざとく気がついて、表情だけは悲しそうに聞いてきた。

 勢いよく否定はしたけど、納得いっていないようだ。

 こんなことを言われたら、さらに逃げられなくなる。


 誰か、本当に誰でもいいから、この空間を壊してくれないだろうか。



「おい。何をしているんだ?」



 そんな願いを考えていると、ようやく俺と古城の間に誰かが入ってきてくれた。


 救世主だ。

 俺が感動しながら声のした方を見て、そして見なかったことにした。


 嘘だろう。

 さっき会場を見回した時、姿はなかったはずだ。

 それなのに今ここにいる。


 見なかったことにしたいけど、声をかけられてしまった。そうそう無視もしていられない。



「えーっと、申し訳ありません。あなたは?」



 本当は知っている。でも俺が知っているのはおかしいから、初めてのふりをした。



「近くで見ると、さらにべっぴんだな」



 誰なのか尋ねたのに、全く違う答えが返ってくる。

 そうそう。こういう面倒なタイプだった。


 どう考えても、助けになりそうな気が全くなくて、俺はこの場から逃げ出してしまいたくなった。

 困り果てて頬に手を当てていると、俺の前に古城が入ってくる。



「ん? なんだ。騎士気取りか?」


「あなたは、相君に悪影響を与えそうだからね」


「なーに言っているんだよ。ショタコンよりは、年齢が近い俺の方が良いに決まっているだろ」


「ショタコン? それは、一体誰のことを言っているんだい?」


「自覚が無いなんて、犯罪者は怖いな」



 まさに一触即発。

 二人の間に火花が散っていて、今にも喧嘩が始まりそうだ。絶対にしないだろうけど。


 俺は古城の体の隙間から、その人の姿を観察する。

 俺より少し大きいぐらいの身長に、これから成長期を迎えるのが予想出来るような大きな手。


 容姿の中で目を引くのは、真っ赤な髪と髪よりは少しだけ濃い、これまた真っ赤な瞳だ。

 だからこそ、写真と成長した姿しか知らなくても、すぐに分かった。



 彼の名前は、天王寺てんのうじ帝翔ていと

 ゲームでは、学園の生徒会長に君臨しているキャラである。もちろん攻略対象だ。


 年齢は一つ上だから、次男と同い年。

 今もその片鱗があるが、俺様何様生徒会長様というぐらい、面倒くさい性格をしている。


 知り合えるのは悪くないことだけど、もっと先に穏やかな性格の人と仲良くなりたかった。


 俺の中では、古城の次に関わりたくない人物だ。

 それはゲームの中で、俺のことをいちいち目の敵にしてくるというか、直接的に嫌いだという態度をとってくるせいだった。


 裏で言われるのも嫌だが、天王寺の場合は本当に顔を合わせれば必ずといった感じなので、いちいち相手にするのが面倒くさすぎるのだ。

 あまりにも顔を合わせることが多かったから、主人公でさえも俺達の関係を誤解していた。


 どうしても関わることが多くなるのは、俺が生徒会親衛隊隊長だったのが主な原因だ。あとはゲームの中では、好意を抱いていたせいもあるか。

 でも今の俺は全く興味がないから、もしかしたらそこまで邪険にされずに済むかもしれない。


 それにしても、どうして俺に話しかけに来たのだろう。



「えっと、俺は五十嵐相です」



 自己紹介をしてくれないから、俺が先に名前を言えば吹き出された。



「パーティー主役のことを知らないわけないだろ。面白いな、お前」



 そっちが名前を言ってくれないのが悪いのに、どうして俺が笑われなきゃいけないんだ。

 これは、あまり仲良く出来ないタイプかもしれない。

 心の中で文句を言っていると、天王寺は手を差し伸べてきた。



「俺の名前は天王寺帝翔」


「えっと、よろしく」



 断る理由もなく、俺は手を握った。

 そうすれば、勢いよく引き寄せられる。



「うわっ」



 そのまま抱きとめられて、なんだかこんなふうに抱きしめられることが多いと、みんなの体幹の良さと隙だらけの自分に嫌気が差した。

 俺とそう体格は変わらないと思うのに、鍛え方が足りないのだろうか。



「よろしくな! 婚約者!」


「……は?」



 それは俺じゃなく、古城の口から出た。

 今まで静かだったのが恐ろしいぐらいに、寒気がするぐらい冷たいものだった。





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