第26話 俺は別に結婚しませんけど?





「は、ははは。こ、じょうお兄様。冗談はやめてください」



 まだ、この場をかき回したりないのか。

 俺は顔を引きつらせて、早く冗談だと言ってくれるのを待った。



「冗談じゃないよ。相君に興味が湧いてね。僕と恋人になるのは嫌かな? 僕と結婚出来る人は羨ましいと言っていたけど、その言葉は嘘だった?」



 掴んでいるのとは逆の手で、するすると頬を撫でられる。背筋を寒いものが駆け巡って、鳥肌が立った。



「嘘じゃないですけど。でも本気じゃないと言いますか」


「そうなの? 僕は本気にしたんだけどな」


「あ、はは。またまた」



 冗談であってほしい。

 そう思ってわざと軽く笑い飛ばしてみたのに、古城の表情は変わりなかった。むしろ本気が含まれている。



「自分で言うのもなんだけど、僕は優良物件だよ。結婚は早すぎるかもしれなくても、前提としてお付き合いしてみるのもいいと思わないかい?」



 どうして、そんなに自分のことを押してくるんだろうか。

 グイグイとくる古城に、俺は体を後ろにそらす。

 でも距離をとった分以上に、向こうが近づいてくるから逆に近くなってしまった。



「古城お兄様。……そんな、まだ恋人なんて早いですよ。別に魅力がないとか、そういうことではないですからね」



 はっきりと断るのもあれだから、一応うやむやに断ってみた。



「そうだよね。急すぎたから、驚くのも無理ないか。ごめん、僕も急すぎた」



 両手を広げて、ようやく離れてくれた。

 ほっと息を吐くと、苦笑しながら頬をまた撫でられる。



「それじゃあ、これからも少しずつ仲良くしていこう。それなら文句ないだろう」



 あるかないかで言われれば、文句はある。

 あるけど、さすがにこれ以上拒否ばかりをしていると気分が悪くなるだろう。それで嫌われでもしたら、元も子もなくなる。



「はい。仲良くしてください」



 頬にある手に自分の手を重ねて、純粋さを作って受け入れた。

 どこに興味を持たれたかは知らないけど、他人の関係性よりはいいと思いたい。そうは思うのだが、別の危険性が現れた気がするのは勘違いだ。きっとそうだ。







 部屋に戻ってから、俺は上着を脱いでソファにかける。そして自分も倒れ込むようにしずんだ。



「うう。疲れた」



 やっと息苦しい空間からは出られたけど、考えることでいっぱいだ。

 生存率が上がったのか下がったのか分からないから、全く安心出来ない。



「相お坊ちゃま、お疲れのところ申し訳ありませんが、お話をしてもよろしいでしょうか」


「このままでもいいなら……いや、起きる」


「いえ、そのままで。休みながらで構いませんので聞いてください」


「助かる」



 俺の上着を片付けているだろう高坂に話しかけられ、はしたない格好だから起き上がろうとした。でもそのままでいいと言われたから、言葉に甘えてソファに逆戻りした。



「相お坊ちゃまは、本当に古城様と仲良くなさるおつもりですか?」


「それはどういう意味だ」


「出過ぎた真似を。申し訳ありません」


「別に怒っているわけじゃない。どういう意味なのかが気になっただけで、思っていることを正直に言ってくれていい」



 わざわざ高坂が言うのだから、よほどの理由があるはずだ。第三者の古城の印象というのを、ぜひ聞いてみたい。



「それでは……古城様は素晴らしい方だと思います。はじめ様のご学友であり、文武両道、品行方正、私達使用人に対しても横暴な態度をとられたことはありません」


「そうだな。俺に対しても、わがままばかり言っていたのに変わらず優しくしてくれている」


「……ですが、私は前々から古城様には隠しているものがあると、どこかで感じておりました」


「隠しているもの?」


「それが何かずっと分かりませんでしたが、本日少しだけそれが何か分かった気がします」



 高坂は俺の目の前でひざまずいた。そして頭を下げる。

 それはまるで土下座みたいだ。いや、みたいじゃなくて、本当に土下座なんだ。



「高坂なにしているんだ!」


「相お坊ちゃま、どうか聞いてください。あの方は危険です。傍にいたら、相お坊ちゃまが巻き込まれるかもしれません。もしもそれで命が脅かされることになれば、私は悔やんでも悔やみきれません」


「……高坂」



 古城の本性を知っているからこそ、俺は高坂の訴えが痛いほどに分かった。

 完璧人間を装っている古城の中の闇を、ぼんやりとでは感じることが出来ているなんて、高坂はとても優秀だ。

 もしかしたら高坂と一緒に逃げた方が、生き残れるんじゃないか。そっちの方が簡単で確実な気がしてきた。



「……高坂。高坂にも、古城がおかしいと分かるんだな」


「それでは相お坊ちゃまも?」


「ああ。俺もぼんやりとだけど気づいていた。でも見ての通り、相手は完璧だろう。誰にも相談出来なかったんだ」


「それなら、なおさら仲良くなさらない方がいいのでは?」


「そうかもしれないな。でも、高坂には馬鹿だと思われるかもしれないけど、すぐに逃げたくはないんだ。あがいてあがいて、それでも駄目だとなるまでは、この場所で戦いたい」



 土下座までしたのに、俺は高坂の頼みを聞いてあげられない。



「顔を上げてくれ。……不安なら、高坂だけは逃げてもいい。もし目をつけられでもしたら、高坂の身に何かが起こるかもしれない」



 そっと肩に手を置いて、顔を上げるように促した。






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