第27話 高坂の決意
しばらく、高坂は顔を上げなかった。
体が震えていたから、泣いているのかと思ってしまったぐらいだ。
「高坂?」
「相お坊ちゃま……申し訳ありませんが、私は今本気で怒っています」
土下座をようやく止めた高坂は、泣いておらず言葉通りに顔が怒りで染まっていた。
「私だけでも逃げろ? それは馬鹿にしているのと同じです。私は相お坊ちゃまに一生仕えると誓いました。死ぬその時まで、私はあなた様のそばにいます」
体勢を変えて、土下座ではなく片膝を着いた忠誠を誓うような姿になった。
「あなた様がここに残るというのなら、私もお供いたします。どうか私に守らせてください」
高坂は、ゲームに出ていたのか分からないキャラだ。
五十嵐家の執事は登場しても、名前や絵はなかった。俺が勘当された時に、どうなったのかはっきりと書かれていない。
「俺といたら、地獄に落ちるかもしれない。それでも本当にいいのか?」
「承知しております。私の全ては相お坊ちゃまのためにありますので」
「どうしてそこまで……俺が息子だからですか」
俺にここまで気を遣ってくれるのは、母が高坂に対して何かをしたからだろうか。
その恩を感じているからこそ、気にかけてくれるかもしれない。
「もしもそれが理由なのだとしたら」
「いえ。違いますよ。た、確かに冷様には良くしてもらいましたが、それだけではございません。相お坊ちゃまがお生まれになった時に、私はあなた様に救ってもらったんです」
「俺に?」
全く覚えていない。一体俺が何をしたというのか。
「……相お坊ちゃまが生まれる少し前、私は執事を辞めようと思っていました」
「そうなのか? どうして?」
「ここにいてもどうしようもない。そう考えたんです。だから辞めて実家に帰ろうとしていた頃に、相お坊ちゃまがお生まれになりました」
そこで高坂は、ふっと笑った。
「最後に顔だけでも見ようと、荷造りの途中で病院に行きました。冷様はお休みになられていて、私はお暇しようと思ったのですが、ちょうど相お坊ちゃまが泣いてしまったのです」
まだ子供、いや赤ん坊だったから、突然泣くのは当たり前のことだ。でも確かにタイミングは良すぎる。
「予想していなかったからパニックになりましたが、それでもどうにかしなくてはと相お坊ちゃまが寝ているベッドに近寄りました。疲れている冷様を起こしたくなかったのもあります」
その時のことを思い出しているかのように、高坂はさらに楽しそうに笑う。
「ベッドを覗き込むと、そこには相お坊ちゃまが小さな体を精一杯動かして泣いていました。ですが私と目が合うと……」
「泣き止んだのか?」
「いえ。もっと泣いてしまわれたんです」
「は?」
そこで俺が泣き止んだから、感動したという話じゃなかったのか。
拍子抜けしてしまって、変な声が出てしまった。
「すぐに冷様が起きて、相お坊ちゃまを抱き上げられました。すると先程まで顔を真っ赤にさせて泣いていたのが嘘かのように、ピタリと泣き止んだんです。冷様の腕の中で穏やかに笑う相お坊ちゃまを見て、私はあなた様を守ると決めました」
「今、どこにそう思う要素があった?」
思わずツッコんでしまった。今の話を聞いて、俺のイメージは泣いた赤ん坊というだけだ。
それのどこに、一生かけても仕えたくなる要素があったというのか。全くもって分からない。
「私の記憶を見せてあげたいぐらいです。そうすれば私が感じたものを、少しでも分かるかもしれません」
「高坂がそう言うのなら。まあ、人の感じたことなんて、全てが相手に伝わるとは限らないからな」
「これだけは忘れないでください。相お坊ちゃまのおかげで、私は救われて今もこうして仕事が出来ているんです」
高坂にそっと手をとられた。
そして手の甲に、唇が落とされる。
「私のこの感情は、性欲や恋といったものではございません。それよりも、もっともっと大きくて深いもの、言葉ではとても言い表せません」
「こう、さか。えっと」
「私は何も見返りを求めておりません。お傍にいられるだけで、それだけでいいのです」
「……本当にそれでいいのか。見返りを求めないなんて、そんな。自己犠牲じゃないか」
「違います。それが私の喜びですから」
何も見返りを求めず、無償の奉仕をする。俺には全く分からない感情だ。
「それで高坂が満足なら、俺は何も言わない。でも嫌になったら、すぐに教えてくれよ。遠慮なんてせずに」
「そんな日は絶対に来ないとは思いますが、かしこまりました」
「高坂、ありがとう」
高坂は、俺の絶対の味方だ。これで確信した。
一人でも心から信じられる人がいるならば、こんなにも心強いことは無い。
「相お坊ちゃまに感謝されるようなことはしておりませんが……?」
言葉の理由をたぶん分かっていない高坂に、そっと手を伸ばして頭を撫でた。
「ま、これからもよろしくってことで」
高坂のおかげで、古城から受けたダメージがやわらいでいくのを感じた。
「かしこまりました、相お坊ちゃま」
その頭の下げ方は、今までで一番心がこもっているようだった。
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