第40話 家族の反応
「もう中止だ」
「ま、待ってください。お父様」
「絶対に駄目だ。許さない」
高坂の報告を聞いて、父は中止を言い放った。
さすがに、こんな早く中止は困る。
反対したのだが、この場では嫌がっているのは俺だけだと気がつく。
「もしかして、みんなも中止に賛成なんですか?」
今は夕食の時間だ。
食事をしながら、この話はされている。
「当たり前だ。天王寺と古城とだって反対だった」
「天王寺様は俺と変わらない年齢ですし、古城お兄様は、はじめお兄様のお友達です。それに、特になにかされたわけでもありません」
「本気で言っているのか? キスをされたと聞いたぞ」
「キスといっても指先にですから」
「それを許すというのなら、あまりにも危機感が無さすぎる。婚約の打診が来ているんだ。つまりはお前に少なからず興味を持っている。どこにキスをしようと、ろくな考えじゃない」
今日起こったことは、全て包み隠さず報告されたらしい。
でも高坂に口止めしていたとしても、他にも人はいたから絶対に伝わっていた。
そうだとしても、頭ごなしに否定されるのは嫌だった。
「もしかしたら、これから仲良くなっていくうちに俺が好きになるかもしれませんよ。そうなったとしても、引き剥がすつもりですか?」
「なっ!」
父の手からナイフが落ちる。
それはテーブルの上を転がり、ついていたソースが白いクロスを汚した。
慌てて使用人が片付けるのを見ていると、隣から勢いよく手が伸びてきた。
「はじめお兄様、なんでしょうか。手を掴まれたら食べられません」
「どちらと結婚するつもりなんだ!」
「暁二お兄様、あくまでも可能性の話をしただけで、どちらかと結婚するとはまだ言っていません」
長男には手を掴まれ、次男には怒鳴られる。
何故か責められているが、俺にだって言い分がある。
「俺が誰と結婚しようと、誰を好きになろうと自由です。それに昔おっしゃっていたじゃないですか。俺のとりえはこの顔だけだから、利用して結婚させようって。天王寺も古城も名家です。それはいいことでしょう?」
俺がまだ、物心つくかつかないかという頃の話だ。
母が生きていて、その母に向かって放たれた言葉だった。
当時は何を言っているか分からなかったが、今ならその言葉の意味も酷さも理解出来る。
父は黙り、そんな父のことを信じられないといった顔で兄達が見た。
「……その時のことは申し訳ないと思っている。ちょうど色々なことが重なっていた時期で、八つ当たりをしてしまった」
あの時、母はとても悲しそうな表情を浮かべていた。
それでも泣くのは耐えて、歯を食いしばり父に言ったのだ。
「俺の価値は知っています。それにふさわしいところに、俺の意思で行くだけです」
ーこの子の価値はこの子自身が知っています。その価値にふさわしいところに、この子の意思で行くだけです。
その時のことを思い出したのか、父ははっと目を見開いた。
「お茶会は続けます。俺は今まで家にこもりすぎました」
誰も文句を言わなかった。
別に怒っていたわけではないのだけれど、あの時の母の苦しみを返したような気分だ。
「これから呼ぶ人は俺が決めますので、出来れば全てを許可してください。それでは、俺は失礼いたします」
作ってくれたシェフには悪いが、もう食事をする気分じゃなくなった。
俺は席を立ち深々と頭を下げると、その場を後にした。
「殴ってもよろしいですか?」
「駄目に決まっているだろ。即刻解雇になる」
「承知の上です。もしも解雇されたら、相お坊ちゃまが雇い直していただければ、なんの問題もございません」
「それは……いやいや、駄目だ」
少し良いかなと思ってしまったが、すぐに考え直す。
「先ほどの話、私は初耳でした」
「その時、高坂はいなかったからな」
「いたら、たぶん殴っていたと思います」
それなら、いなくて良かった。
高坂は母のことも好きだったので、大げさに言ったわけではなく、実際に殴っていたはずだ。
「相お坊ちゃまは、本当に結婚なさるおつもりですか?」
「どうした急に」
「もしも結婚なさった時に、私はどうなるのかと思いまして」
「心配しているのか」
自分が捨てられるとでも思っているのか。そしてそれを心配している。
全く馬鹿だ。
「もしも、仮に結婚したとしても高坂にはついてきてほしい。前にも、ずっと一緒にいてもらうと言っただろう。もう忘れたのか?」
「……忘れておりません」
「それなら、なんの心配も無いな」
「……良い方と結婚なさってください。相お坊ちゃまの幸せが、私と冷様の幸せでございます」
「ま。まだ結婚するつもりも、相手もいないから心配するのは時間の無駄だ」
結婚可能な年齢は十八歳だ。
婚約はいつでも出来るが、さすがに結婚はいくらお金を積んでも不可能である。
「いえ、時の流れというのはあっという間です。私はそれを実感しておりますから」
高坂は俺の姿を見て、しみじみと呟く。
そういえば、まだ高坂に俺の本当の姿を教えていなかった。
もし俺が昔の俺ではないと知った時、今と同じ熱量で従ってくれるのだろうか。
とても気になったけど、まだ本当のことを伝える勇気はなかった。
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