第141話 呼び出した先






 呼び出し先選んだのは、数年前に廃校になった小学校だった。その体育館。


 父は俺が誘拐されたことを知っている。でも犯人は伝えていない。

 そして、一人で来ないと俺が死ぬと忠告した。


 電話では了承していたけど、本当に一人で来るつもりだろうか。

 どう考えたって罠だ。

 五十嵐家のことを思えば、犠牲にするのは俺の方である。


 理知的な父が、情に流されるのか。

 来なかったとしても、俺は恨まない。むしろその方がいい。



「緊張しているね。君の役目はもう終わったんだから、もう手出しするつもりは無いよ」


「誘拐犯の言うことを素直に信じない」


「手厳しいな。一度言ったことは守るって」


「楓さんは守る保障はない」


「……それは、なんとも……いや。ちゃんと守らせるから」



 楓は一緒に来てはいるが、近くにはいない。父の顔を見たら、何をしでかすか分からないかららしい。一人にする方が危ない気もするが。


 時間まではまだあるけど、随分と早くここに来たのは考えた結果のようだ。



「準備をしないで出迎えるなんて、そんな馬鹿みたいな真似はしないよ。向こうだって、警戒しているだろうからね」



 そう言って、月ヶ瀬さんは手袋をはめた。何が落ちているか分からないから、用心のためだと言っているけど、実際の理由はきっと違う。

 楓も、寒い季節でもないのに、厚手のコートをはおっている。その服の下には、一体何が隠されているのか。父を殺す凶器か。



 やっぱり父は、ここに来るべきじゃない。

 のこのこ殺される来るようなものだ。呼び出しの電話なんかせずに、なんとかスマホを壊せば良かった。

 今更ながらに後悔する。電話をしてしまったから、もう遅い。


 ここに連れて来られるから、椅子からの拘束は一旦とられた。

 逃走の文字が頭をよぎったが、二対一の状況で無傷で逃げ切られるとも思えず断念した。

 それを分かっているかのように、拘束が簡易的なものにされたのは腹立たしかった。


 今の俺は、特に何も縛られていない。

 でも逃げる素振りを見せたら殺すと脅されているので、地理を把握出来ていない場所では下手に動けなかった。

 もしも父が来るとすれば、それまでは大人しくしているべきだとも考えた。



「もしも、誰も来なかったら、その時はどうするつもりだ?」



 ありえない話ではない。

 分かったとは言っていたけど、こんな怪しさ満点のところに来るのか。

 約束の時間になっても誰も来なかったら、一体俺はどうなるのかが気になった。素直に帰してくれるとも思えない。



「僕は百パーセント来ると思っているよ。でも、もしも来なかったとしたら、君も一緒に来るかい?」


「どこに?」


「家族三人でどこか遠くに行こうと考えているけど、君が増えるのは面白そうだ。愛も気に入っているし、僕も君のことは嫌いじゃない。そのうち、楓も気に入りそうだ」


「それはそれは……」



 喜ぶべきか。生意気な態度をとっていた自覚があるから、そういう趣味なのかと疑ってしまう。

 楓も一筋縄ではいかない性格だ。面倒くさいタイプが好きなのかもしれない。とても趣味が悪い。



「だって考えてごらん。来ないってことは、君は見捨てられたも同然だ。行く価値がないと判断された。そんな君を僕達は欲しいのだから、もらっても文句は言えないだろう?」


「俺は物か」


「ある意味では、そうかもね」



 くすくすと笑いながら、彼は腕時計に目を落とした。



「こんな話をしているから、本当にその通りになったのかな。もうすぐ時間だけど、来る気配がないね」



 俺には時計は見えないが、嘘を言っているようでは無さそうだ。そうなると、本当に見捨てられたのか。

 来ないで欲しいと願っていたくせに、いざ来ないとなると胸が軋むように痛んだ。



「そんな悲しい顔をしないでよ。辛いのなら、僕達と一緒に行けばいい。家族の一員になるのなら、ぜひ歓迎するよ」



 悲しみが表情に出てしまっていたらしく、申し訳なさそうな顔をした月ヶ瀬さんが、俺の頭に手を伸ばして撫でた。

 子供をあやすような動きに、俺は目を閉じる。



 その瞬間、遠くで破裂音のようなものが聞こえてきた。


 二人同時に、弾かれたように音のした方を見る。

 嫌な感じがする。それは気のせいじゃない。



「あの……楓さんは今どこにいるんだ?」



 同じことを考えたのか、顔を強ばらせた彼は震える声で言った。



「どこか適当にうろついているって。教室とか懐かしいところを見るって。合図をしたら、ここに来る段取りになっていた」


「それじゃあ、父に先に会おうとしていてもおかしくないってことだよな」


「そんなはずはっ。僕に一任するって」


「安心させて監視の目を緩ませるために、わざと言ったんだよ!」



 俺はなりふり構わず、その場から駆け出した。月ヶ瀬さんは止めてこない。少し後から着いてくる気配があった。



 音がした方向に走るが、外が暗いせいでほとんど何も見えない。

 それでも本能がこっちだと言っている場所に、全速力で向かった。



 どうか。この嫌な感じが気のせいであってくれ。

 じんわりと体を包み込む、死の気配。

 にじむ視界の中、ようやく人の姿が見えた。



 様子がおかしい。




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