第30話 仲間が増える







 三千歌の笑いはしばらく止まらなかった。

 涙まで出るぐらいで、最初は驚いていた俺も、最後の方はまだ笑っているのかと微妙な表情になってしまった。


 ひとしきり笑った後、俺の表情に気がついたようで、慌てて目にたまった雫を拭う。



「ごめんごめん。さすがに笑いすぎだったわよね。でも馬鹿にしたわけじゃないのよ。ただそんな大事なことをあみだくじで決めるかしら、普通。焦っているようで余裕かと思ったら、なんだか凄いなっておかしくなっちゃって」


「それって馬鹿にしているのと、どう違うんだ?」


「あら、確かに。言われてみれば、そうかもしれないわね。ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど、本当よ」



 言っている通り、馬鹿にしている様子はないから、怒られるよりはマシだと思おう。



「俺も決め方が雑で悪かった。でも仲良くしたいという気持ちは本当だから」


「ええ、信じるわよ。全部信じるわ」


「……全部って」


「言葉通りに全部。あなたのその荒唐無稽な話を、全部信じるって言っているのよ」


「え……本当に?」



 信じて欲しいとは思っていたけど、こんなにもすぐに信じてもらえるなんて。逆に信じられなくて確認してしまう。



「本当よ。最初に会った時から、その年齢にしては落ち着きすぎているって思っていたのよね。それに突然性格が変わった聞いて、事故かなにかでも起こったかと予想していたけど、そっちだったのね」


「あー、そっちそっち」



 俺の性格の変化が、納得出来る要因になったのなら良かったのだろう。



「それに味方にもなってあげる。あなたの相談相手として、これからもお付き合いしていきたいわ」



 三千歌は手を差し伸べてきた。

 その手は綺麗で、きちんと手入れしているのだというのが伝わった。



「ああ、よろしく」



 味方を作るという不純な動機だったけど、三千歌を選んだのはきっと運命なんだろう。



「ふふ。お友達、初めてだわ」



 握り返した手は大きく、そして安心するような温かさがあった。

 高坂に感じたのとはまた別の優しさが、触れたところから伝わってきた。







 三千歌とは連絡先を交換して、とりあえず今のところはメールでのやり取りで親交を深めることになった。

 今すぐに頻繁に会うようになったら、どこで知り合ったのかと疑われる可能性があったからだ。だから頃合いを見て、高坂に協力してもらって出会いの場を作るつもりである。


 高坂に三千歌、味方になってくれる人がこの短期間で増えていて、思い通りに事が進んでいる。順調と胸を張って言えた。




「誕生日パーティー?」



 それを聞かされるまでは。



「……ええ。もうすぐ相お坊ちゃまの誕生日ということで、旦那様が密かにパーティーを計画しておられるようです」


「今更なんで」



 誕生日パーティーなんて、今まで一度も開かれたことは無い。兄達のは節目の歳にやっていたみたいだけど、俺は参加させてもらえなかった。


 それなのに、今年は俺のパーティーを開こうとしているらしい。



「一体何を考えているんだ。なんの気まぐれなんだろう」



 何かを企んでいるとしか考えられなくて、俺はその企みが何かを予想してみる。


 人々の前で俺の無様な姿を見せて、さらに評判を下げるつもりなのか。

 それとも誕生日パーティーとは名ばかりで、実際は父と利害関係のある人間ばかりを集めているのか。

 それとも、もっと俺を陥れるようなことを考えているのかもしれない。


 怖い。というよりも、どうすればいいのか策を立てるのが難しそうだ。



「その計画は兄達も知っているのか?」


「はい。はじめ様も暁二様も計画を知っておられます。むしろ喜んでお手伝いをなさっているようです」


「お手伝い?」



 あの二人には、全く似合わない言葉だ。



「何を考えているんだと思う?」


「何を考えているのか、はっきりとしたところは……なんとなく……」



 ぼんやりとはっきりしない言い方に、俺は何かを感じた。



「知っていることは、なんでも教えてくれ。たとえそれが、どんなにくだらないと思うようなものでもな」



 高坂は何かしら知っているらしい。

 それがどういったものか分からないけど、聞いておいて損は無いはずだ。



「これは私の考えであって、事実とは限りませんが。旦那様達は、純粋に相お坊ちゃまのお誕生日をお祝いしたいのではないでしょうか」


「純粋に祝いたい? あの人達が?」



 にわかには信じられない。でも高坂が嘘をつく理由もない。



「私も信じたくはありませんが、最近のあの方々は変わられました。前の相お坊ちゃまの変化と同じようにです。今までのことがありますから、信じられない気持ちはあるでしょう。ですが、変わったことを否定なさらないでください」



 もしも高坂の言う通り、本当に変わったのだとしたら。



「……俺達は仲良くなることが出来るんだろうか」



 ぽつりと呟いた言葉は、自分でも弱々しく聞こえた。

 信じられなくて、無理だと思っているのかもしれない。



「出来る、とは軽々しく言えません。ただ、お互い歩み寄らなければ、一生無理なことだけは私でも分かりますから、相お坊ちゃまも分かっているでしょう?」


「……ああ」



 その言葉はまるで保護者のようで、すんなりと受け入れることが出来た。




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